第27話 虐待の連鎖(2)
カミラは優しい子だった。
母の事情は察していたし、虐めの事実を教師に告げ口することも躊躇った。
だが、人間である以上、恨や憎しみの感情がないはずはない。これらは封じ込まれ、カミラの心の奥底に澱のように厚く積もっていった。
そして、その時は突然にやってきた。
恨や憎しみの感情を極限まで溜め込んでいたカミラは、悪魔に魅入られ。悪魔憑きとなってしまったのだ。
悪魔は巧妙だった。
まず、犠牲となったのはクラスメイトたちである。
悪魔憑きとなったカミラは、念動力の力を獲得していた。そして、一人ずつ復讐を果たしていく。
ある者は誰もいないのに屋上から突き落とされ、ある者は食事にナイフが空中を飛んで眼球に突き刺さり、ある者は落ちるはずのない植木鉢が高所から落ちて頭を直撃し、ある者は誰もないのに疾走する馬車の前に突き飛ばされ……etc
通常、悪魔憑きとなり精神を支配されている間は自我を失うことが多いが、カミラに憑依した悪魔は違っていた。
あえてカミラの自我を少しだけ残し、カミラの体の自由がきかない中でクラスメイトに危害を加える様を自覚させていた。
これによりカミラの心には罪悪感も積み重ねられていく。
恨や憎しみの感情と罪悪感というジレンマの中で、カミラの心は軋みを生じ、乱れに乱れた。
悪魔はその様子を見て、これ見よがしにせせら笑っていた。
いよいよ仕上げの時がやってきた。
普段は家に寄りつかない父がたまたま帰ってきたのだ。
(これで役者は揃った……)
その夜。
ペンドラゴン邸は、阿鼻叫喚の巷と化した。
ドンッ、ピシッと大きなラップ音が部屋に響きわたり、部屋にある様々な物が空中を飛び交う。
空中を飛ぶナイフや包丁が凶器となり、使用人たちを、父を襲い、最後に母の心臓に突き刺さった。
ペンドラゴン邸の住人は、全員が血まみれとなって死亡した。
程なくして、異変を察知した近隣の住民からの通報を受けた警吏がペンドラゴン邸の様子を見に来たとき、目にしたのは世にも恐ろしい形相をしたカミラの姿だった。
「ぎゃーーーーっ」
警吏は恐怖で悲鳴を上げると一目散に逃げていった。
「あの形相は尋常じゃない。悪魔憑きに違いない」
という警吏の証言を受け、アウクトブルグ大聖堂から祓魔師が直ちに派遣されたが、あっという間に撃退され、命を落とした。
こうなってくるとカミラに同情する者など誰もいない。
最後は多数の警吏に回りを取り囲まれた上で、矢を射かけられ、突き刺さった矢が針鼠のようになってカミラは命を落とした。
死んで霊と化してもカミラの心は晴れようがなかった。
結局は、誰も自分に手を差し伸べてくれる人は現れなかった。
恨みや憎しみの感情の対象は、自分を虐殺した警吏たちに、虐めを見過ごした教師に、手を差し伸べてくれなかった近隣住民に……際限なく向けられていく。
行き場のないこの激しい感情は、カミラの心の中で暴風のように荒れ狂っていた。
死を素直に受け入れられないカミラは、気がつくと恨みや憎しみの感情の原点となったこの部屋から離れられなくなっていた。
カミラは、自分が死に至るまでの経緯をかいつまんでルードヴィヒに話した。
(なんちぅ壮絶な人生なんでぇ……)
ルードヴィヒは、返す言葉を失った。
言葉の替わりに、カミラをそっと優しく抱きしめる。
先ほどは突然のことで驚いたが、今度はカミラに嫌な気持ちは生じなかった。
それどころか、男の人に抱きしめられたことが初めてだと気付くと、恥ずかしさで頬が染まった。
伝わってくる体温が心地よい。カミラはそれをもっと味わいたくなって、そっと目を閉じた。
カミラはルードヴィヒに不思議な親近感を覚えていた。
再び現実世界へと戻ってきて初めて目にした人物だから、雛鳥への刷り込みのような心理作用が働いたのかもしれなかった。
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