第26話 悪魔退治(2)
ルードヴィヒが倒れている少女を見ると、普通の少女の表情に戻っていた。薄汚れてはいるが、よく見ると可愛らしくもある。
それを見たルードヴィヒは、同情の感情をより深くした。
(しゃあねぇのぅ……だども、そん前に……)
ルードヴィヒはストレージから素早く投げナイフを取り出すと、入り口の扉へ向けて放つ。投げナイフは扉付近に潜んでいた黒装束の人物の目の前に「カッ」という鋭い音をたてて突き立った。
おそらくツェルター伯爵が放ったであろう監視者と目されるその人物は、目を大きく開き、冷や汗ものの表情をしていたが、気づかれたとみて、風のように去っていった。
(こっから先を見られるわけにぁいかねぇが、勝負の結果は報告してもらわんばなんねぇからな……)
ルードヴィヒは、次の行動の準備に取り掛かる。
まずは、長年放置され無秩序に植物が繁茂した邸内の庭に住み着いている狸数頭を物体引き寄せの魔法で取り寄せると、麻痺の魔法で意識を奪った。これを、これから行う魔術の生贄とするのである。
そして死霊魔術の詠唱に取り掛かる。この魔術は、さしものルードヴィヒも無詠唱では無理な難易度のものである。
「我は求め訴えたり。ジオ ドヴグシュ ムウ ヤイキ ェプ イギノ ケネクヂ モゴインプロ リカモベサ ヤァウ 邪悪で傲慢なる地獄の主ルシファーよ。今日、汝の魂を我とともに在らしめ、我の祈りを聞き、汝に従う意思を高からしめ、ここなる贄をもって、かの者に肉体を与え我が僕となす機会に、我の譎詭の根源を行使することを助けたまえ。世々限りなき闇の精霊王と闇の精霊の統合の下、実存し、君臨するルシファーを通じ、ルードヴィヒがこれを乞い願う。かくあれ」
少女の霊体が黒い霧に包まれる。
その霧が晴れたとき、紛うことなきリアリティのある少女の肉体が姿を現わした。
(初めてやった割にぁ、上手くいったようだのぅ)
だが、顔色は青白く重病人のようである。
ルードヴィヒは、少女を抱きかかえると部屋にあったボロボロのソファーの上に横たえた。
少女の体温は、死体であるかのように冷たい。
(しゃあねぇのぅ……)
ルードヴィヒは、少女に添い寝をすると、彼女を抱きしめて体温で温めることにした。
しばらくして……。
「ううっ……んっ……」
……と言葉にならない声を微かに発すると、少女はゆっくりと目を開けた。
ルードヴィヒの存在に気づくと、反射的に口角をあげ、歯をむき出しにしようとする……。
しかし……。
「えっ?……何?……こ、これは……いったい?……私……何なの?……」
霊体でいた彼女には現実感がなく、ずっと夢の中にいるかのような感覚でいた。それが突然に文字どおりの現実に引き戻されたのだ。あまりにも久しぶりの現実世界のリアリティに、彼女は戸惑いを覚えていた。
そして、漸く我に返ったとき、目の前にはルードヴィヒの顔があった。
「ひっ!」
驚きに声が引きつった。
続いて、体に体温を感じ、自分が抱しめられていることに気づいた。
彼女は拒絶しようと声を上げる。
「何を!…………しているんですか……?」
だが、その声は尻すぼみになってしまう。
「いやぁ。おめぇがばぁか寒ぃそうだったすけ、温ためてやってたがぁて」
……と言うと、ルードヴィヒが抱きしめていた手を離したので、少女はホッと一息ついた。
少女は、目の前にいるこの上ない美貌の少年が田舎丸出しの方言でしゃべったことに甚だしい違和感を覚えていた。
が、まずは自分の置かれた状況を確認することが先決だと考えた。
「あのう……私はいったい……」と恐る恐る訪ねる。
「う~ん。簡単に言うと生き返ったっちぅこった」
「そう……ですよね……」
確かにこのリアリティは、自分が現実世界にいることを示している。少女は同意するほかなかった。
「まあ。細けぇことは後にして……おめぇ、名前は何ちぅがぁ?」
「カミラ・フォン・ペンドラゴンといいます」
「そうけぇ」
100年以上前の話なので、伝承が風化していてもおかしくなかったが、娘の悪魔憑きでペンドラゴン家が断絶したという話は事実のようだ。
「なじょしてここにずっと留まってたがぁ?」
「そ、それは……」
少女は話し難そうにしているが、しばらくして意を決すると、ポツリポツリといきさつを話し始めた。
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