第26話 悪魔退治(1)
死霊魔術。
それは、黒魔術の中でも最も倫理に外れるものであり、禁忌中の禁忌とされている。
死霊魔術の歴史は古く、千年以上前に未来や過去を知るために死者を呼び出し、情報を得るために一時的な生命を与える死霊占いに端を発し、技術が発達するにつれ、死体からゾンビやスケルトンなどのアンデッドを創り出して使役するまでに至った。
果ては、強力な死霊や悪魔に仮初の肉体を与えて使役する死霊術士もいたという伝承もあるが、真偽の程は定かではない。
その日の深夜。
ローゼンクランツ邸に一旦帰っていたルードヴィヒは、転移魔法を使って旧ペンドラゴン邸に来ていた。
人目がないことを確認すると、ギーッと軋む音を上げる扉を開けて邸内に入った。
内部は不気味に静まり返っているが、目指す場所の見当はついている。気配が濃厚なのは、2階の一番奥の部屋だ。
探知魔法で他に敵がいないことを慎重に確認しながら、目的の部屋の前にたどり着くと、ルードヴィヒは部屋の扉を蹴り飛ばした。
バタンと大きな音をたてて扉が開くと、目に入ってきたのは、悲しそうに俯く少女とその背後にいる邪悪な悪魔の姿だった。探知魔法で探っていた結果どおりだ。
そのことを瞬時に確認したルードヴィヒは、悪魔に向けて聖縛の魔法を無詠唱で発動する。
戦術的には、おそらく悪魔よりも弱いであろう少女の方から無力化していくのがセオリーである。しかし、ルードヴィヒは、少女が悪霊化していたとしても、救える可能性がゼロでないのなら、まずは悪魔の方から片付けようと最初から決めていた。
たちまち鎖状の光が悪魔を拘束するが、悪魔は余裕の表情である。人間の魔術などと高を括っているのであろう。
しかし、悪魔がぐっと力を入れると、一転して焦りを浮かべた表情となった。
光の鎖による拘束は、緩どころか締め付けが厳しさを増していく。
ルードヴィヒは、攻撃の手を止めない。
聖なる投槍を6発同時に発動すると身動きが取れなくなっていた悪魔を6本の光の投げ槍が悪魔を襲い、6本全てが悪魔の体を貫いた。
「グォッォォォォッ!」という不気味な悲鳴をあげて悪魔は苦しんでいる。
さらに追撃すべく、ルードヴィヒは、背負った双剣を抜き、体勢を整えている。
だが、悪魔は苦しんだ挙句、黒い霧状と化して、雲散霧消してしまった。
(なんでぇ……こんなもんけぇ……)
もう少し強い敵を想像していたルードヴィヒは、拍子抜けした。
だが、それも束の間のこと……。
部屋にある様々な物が空中を飛び交い、ルードヴィヒに襲いかかってくる。少女は、悪魔に憑依され続けた結果、念動力の能力を獲得していたのだ。
ルードヴィヒが飛んでくる物を避けながら少女の方を見ると、目は血走り、口が裂けるほど口角を上げ、歯をむき出しにしており、まるで獰猛な獣のようである。
(悪魔の影響は消えたはずだんが……長年にわたり蓄積した悪感情は消えねぇってか……それもそうだのぅ……)
同情しながらも、ルードヴィヒは聖化の魔法を放った。聖なる光が少女を包む。
「ギャァァァァァァッ……」
まるで獣のような叫び声をあげながら、少女はもがき苦しんでいる。その苦悶の表情は醜く歪んでおり、とても人間とは思えない。
しばらくは耐えていた少女は、やがて意識を失い、音もなく倒れた。
(さて……問題はこっからだ……)
光魔術で悪感情はある程度浄化できたとしても、背負った業まではどうしようもない。これは宇宙の普遍原則であり、神ですら介入をためらう性質のものである。神は、業の理の番人とも言えるからだ。
神が業への介入を始めたとき、それは邪神化への歩みの第一歩を踏み出したときにほかならない。
業の法則による因果応報は、来世にまで及ぶ。
このまま彼女を無理やりに輪廻の輪に送り、転生させたとしても、来世は不幸の連続に見舞われた悲惨な人生となることだろう。
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