第25話 幽霊屋敷(1)
地縛霊は、死亡した時にいた土地や建物などから離れずにいるとされる霊である。
その原因はいくつかあるが、特に恨みや憎しみの感情を持って死んだ者は、悪感情が災いし、自分の死を受け入れることができず、長い時は何百年という時間のあいだ地縛霊として地上近くに留まるうちに悪霊化してしまうことも多い。
悪霊化した霊は、人を殺したり、傷つけたりといった害悪を与えるが、それで悪感情を昇華させることできようはずもない。
結局は、害悪を与えた分だけ業を背負い、悪感情を悪化させるという負のスパイラルに落ち込んでしまうのだ。
悪霊を救うため、この負のスパイラルから脱却させることは、得てして非常な困難が伴うことになる。
アウクトブルグの町の上級貴族街の一角に廃墟と化した邸宅がある。
この廃墟は、100年以上前に断絶した、ペンドラゴン伯爵家の持ち物だった。
ペンドラゴン伯爵家は、伝説のアーサー王の末裔を自称していたが、それを信じる者は誰もいなかった。
アーサー王は数百年も前の人物である。
そこまで古いと、家系図があったとしても、いくらでも捏造が可能だからだ。
断絶後、邸宅は売りに出され、その後所有者を転々として現在に至る。
というのも、その屋敷には悪霊が住み着いているという話があったからだ。事実、その話を信じず、邸宅を購入した者も怪異現象に遭遇し、慌てて売却するのが常だった。
これももっともな話で、実はペンドラゴン伯爵家は、娘が悪魔憑きとなったことをきっかけに断絶していたのだった。
邸宅はタダ同然でたたき売られ、ツェルター伯爵が手に入れることになったのが1年前のことである。
◆
祓魔は、叙階の秘跡により司祭に与えられた権能であるが、悪霊に憑かれた人に対して行われる盛儀祓魔式は、通常、教会により任命された祓魔師によって行われる。
祓魔師は、下位4段の位階のうち2番目に位置付けられていた。
「やはり、ダメだったか……」
アウクトブルグ大聖堂の司祭、ヴィートゥス・エルレンマイアーは、残念そうに呟いた。
ツェルター伯爵の依頼を受け、旧ペンドラゴン邸に派遣した祓魔師が、恐怖に満ちた顔で逃げ帰ってきたからだ。
だが、過去幾多の祓魔師たちが挑んでもダメだったものが、今回成功すると期待するのも虫の良い話であった。
「命を落とさなかっただけでも、まだましか……」
ここに至っては、祓魔の権能を与えられた司祭であり、光の魔導士でもある自分が行くしかない。ヴィートゥスは決意した。
その夜。
ヴィートゥスは、旧ペンドラゴン邸を1人で訪れた。
ギーッと軋む音を上げる扉を開けて邸内に入ると、内部は不気味に静まり返っていた。
気配を探りながら慎重に中を進む。
1階を隈なく探索するが、何もない。
(2階だな……)
そう思ってみれば、薄っすらと邪悪な気配がする。
そして、一番奥の部屋の扉をそっと開けた……。
そこには悲しそうに俯く少女の姿があった。
10代半ばくらいの年頃で、髪はぼさぼさで、着ている真っ黒なドレスもボロボロだ。
生身の人間ではないことは、ヴィートゥスにはすぐにわかった。
(しかし、邪悪な悪霊には見えないが……)
……と思った次の瞬間、少女は顔を突然上げた。
その目は血走り、口が裂けるほど口角を上げ、歯をむき出しにしている。それはまるで獰猛な獣のようであり、これは悪魔憑き特有の表情でもある。
これを見たヴィートゥスがロザリオを手にして、簡易の聖句を口にしようとしたとき、ドンッ、ピシッと大きな音が部屋に響いた。心霊現象に伴うラップ音である。
部屋に転がっていた椅子がヴィートゥスめがけて飛んで来たので、咄嗟に避ける。
それを合図に、部屋にある様々な物が空中を飛び交い、ヴィートゥスに襲いかかってくる。
ついに飛んで来た物がヴィートゥスの額を直撃した。額がザックリと切れ、血が流れだす。
(これでは聖句を唱える暇もない!)
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