第24話 爵位授与(2)
ルードヴィヒは大公の前に進み出ると、右手を胸にあて、片膝を折って貴族の礼をした。それは完璧な所作で、威厳すら感じさせる。
そして臣従礼の言葉を堂々と述べ始める。
「Spero ut sint vobis vasallus」(我、汝の臣下たるを望む)
「へっ!」と臣下たちの一人が驚きのあまり間抜けな言葉を発してしまい、思わず口を押えた。
帝国では、格式の高い儀式や文書には、古代ルマリア語が用いられていた。その意味では、臣従礼も古代ルマリア語で行うのが筋だ。
しかし、実際には、古代ルマリア語を自在に扱えるのは上位貴族や教会の知識人のみであり、その数は決して多くはなかった。
このため、臣従礼も帝国標準語で行われるのが、一般的だった。
ところが、ルードヴィヒの口から出たのは、古代ルマリア語であり、発音も完璧であった。ど田舎の方言や失態を笑ってやろうと待ち構えていた臣下たちは完全に意表を突かれたのだ。
一方のルードヴィヒは、古代ルマリア語が正式なものだとグラリエ聖堂で習ったからそうしたまでで、知識をひけらかす気持ちは毛頭なかった。
大公も一瞬驚きの表情を見せたが、そこは人間ができている。堂々と古代ルマリア語で返す。
「Visne esse vasallus sine ulla exceptione?」(何の留保なく臣下たることを望むか?)
「quod iustum est」(然り)
ルードヴィヒは大公の足元に跪き、両手を組んで前に差し出した。
大公はその手を両手で包み、相手を受け入れることを示す。
そしてルードヴィヒを立ち上がらせ、互いに抱擁することで、対等の契約関係にあることを示し、臣従礼の儀式は終了だ。
大公は満足げに言う。
「さて、これで其方は予の臣下となったわけだ。続いて爵位の授与だ。
我、シュワーベン大公フリードリヒ・フォン・ホーエンシュタウフェンは、汝、ルードヴィヒ・フォン・ローゼンクランツを準男爵の位に叙するものとする」
大公は受爵の証書を厳かに差し出した。
「謹んでお受けいたします」
ルードヴィヒは、証書を丁重に受け取った。
それを見ていた臣下からパラパラと拍手が起きる。大部分の者は呆気にとられて拍手を失念していたが、慌てて拍手に合流した。
儀式を終わり、公城を出てから馬車に乗ったところで、リーゼロッテはたまらず言った。
「臣下たちの呆けた顔ときたら……見ものでしたわ」
「そうけぇ。おらは緊張してそれどころじゃなかったてぇ」
「でも、古代ルマリア語なんてどこで習いましたの?」
「グラリエ聖堂のエルレンマイアー司教様に仕込まれたがぁだども」
「エルレンマイヤー様というとアウクトブルグ大聖堂の司祭様とご関係が?」
「たぶん本人じゃねえかのぅ。アウクトブルグへ帰ると言ってたすけ」
「まあ。ではお知り合いがいて心強いですね」
「そうだのぅ」
こうして和やかに二人が会話をしているうちに馬車が停止した。
「ルード様に贈呈する邸宅に着いたようですわ」
「そうけぇ。悪ぃのぅ」
だが、馬車を降り立った二人の前に思わぬものが目に入ってきた。
「ディータ! これはいったいどういうことなの?」
リーゼロッテは、柄にもなく激怒していた。
◆
その日の夜。
「たいしたものであったな。おまえの息子は……さすがはおまえの子だ」
大公フリードリヒⅡ世は、閨の中でマリア・クリスティーナに言葉をかけた。
なんの皮肉も込められていない正直な感想だった。
「しかし、ずっとシオンの町で育ったというが、古代ルマリア語などどこで身に付けたのだ?」
「なんでもグラリエ聖堂で当時司教をしていたエルレンマイヤー様から教育を受けたとか……」
「あのエルレンマイヤーか? あの超エリートがなぜシオンのような田舎町に?」
「なんでも神の啓示を受けたとかで……」
「そうか……あの者ならば、いかにもありそうな話ではあるが……その啓示の中身とやらが気にはなるな……」
「そこまでは私もわかりかねます」
そして、大公はルードヴィヒについて、思いを巡らせた。
(話を聞けば、幼少時から剣聖ローゼンクランツ翁と幻の大賢者マリア・テレーゼの薫陶を受け、剣と魔法の腕もたいしたものだという……臣従礼を終えて形式上は予の臣下となったわけだが、これは早々に我が陣営に取り込むに限るな……。
さて、どうしたものか……)
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