第24話 爵位授与(1)
帝国の貴族位階は公爵・侯爵・伯爵・子爵・男爵を基本としているものの、変則的な部分もあった。
公爵の上の大公は、本来は皇太子などの特別な皇族を遇するための例外的な爵位であるが、過去の皇帝たちがこれを乱発したため、陳腐化していた。
このほか、過去の様々な事情から、方伯、辺境伯、宮中伯や都市伯なども設けられている。
その中でも"準男爵"は最下位の名誉称号であり、領地を持つことは稀なことであった。
皇帝と貴族の間には、皇帝を頂点とする封建的主従契約が結ばれたが、エウロパ地方の封建関係は日本のそれに比べて随分とドライだった。
日本では土地を与える代償として滅私奉公的忠義を求められたが、エウロパ地方の封建関係はあくまでも相互防衛などを内容とする"契約"に基づくものであって、契約を果たせば、それ以上の義務はなかった。
ルードヴィヒは、公城の前に降り立つと思わず声を上げた。
「えっそぇ豪儀だのぅ……」
ローゼンクランツ家からの付き添いはなかったので、思わず方言が出てしまった。
門番は不思議な顔をしたが、リーゼロッテは慣れたものだ。
「それは、もともと皇帝の城として造られたものですからね」とにこやかに答えた。
ホーエンシュタウフェン家は、帝位を奪われるまでは、帝国において4代70年の長きにわたりホーエンシュタウフェン朝を維持してきたのだ。存命する者で、その前のザクセン朝(ズップリンブルク家)の記憶を持つ者はまずいない。
その蓄積は、いろいろな意味で大きなものがあった。
「では、まいりましょうか」
「おぅ」
リーゼロッテの顔は晴れやかだった。
ルードヴィヒは、初体験のことばかりで、少々緊張気味である。
門には迎えの者が待ち構えていて、早々に謁見の間へと案内される。
途中、迎えに来た者から案内されたが、今回の受爵は大公フリードリヒⅡ世が自ら行ってくれるという。これはローゼンクランツ翁への配慮もあろうが、主にツェルター家の推薦に配慮した結果なのだろう。
なにしろ、ツェルター家が皇帝支持に回った暁には、ホーエンシュタウフェン陣営の敗北は決定的となることが明白だからだ。
とはいえ、最下位の準男爵の受爵などは代理人が行うことが普通であり、これは破格の扱いだった。
ツェルター家の方も、皇帝ではなく、あえてシュバーベン大公に受爵を推薦したということで、ホーエンシュタウフェン家に敵意はないことを暗に示唆したといえよう。
いよいよ謁見の間に通された。
大勢の臣下が横に居並ぶ中、真正面に座っているのが大公フリードリヒⅡ世だ。なかなかに威厳のある姿が印象的だ。
(あん人がおっ母さのパートナーけぇ……)
フリードリヒⅡ世は、これまでのいきさつからルードヴィヒがブルーノの子ではないことを知っている。マリア・クリスティーナが妻だったならば、ルードヴィヒは連れ子的ポジションになるわけだが、少しは親近感を持ってくれているのだろうか?
ルードヴィヒの方は、マリア・アマ―リアら可愛い弟妹の父と思うと少しだけ親近感が湧いた。
いろいろと複雑な思いが過るルードヴィヒだったが、いよいよ受爵の儀式が始まるようだ。
「ルードヴィヒ・フォン・ローゼンクランツ。大公閣下の前に」
「はっ」
臣下たちは、ルードヴィヒの姿に刮目した。
この上ない美貌の少年であるばかりか、威風堂々とした歩きぶりには一分の隙もなく、洗練された身のこなしは高貴ささえ感じさせる。
臣下たちに混ざってこれを見ていたリーゼロッテは、クスリと忍び笑いをした。
(まるでデジャヴのようだわ)
ルードヴィヒの場合、初めての受爵であるので、まずは彼個人が大公との間に封建的主従関係を結ぶ際に行う"臣従礼(Hommage)"を行う必要がある。
臣下たちは興味をもってその姿を眺めていた。
彼がど田舎の出身で、アウクトブルグは初めてあることを知っていたからだ。
(恰好だけは一人前だが……さて……どんな滑稽な姿を見せてくれるのかな……)
デジャヴ:既視感は、実際は一度も体験したことがないのに、すでにどこかで体験したことのように感じる現象。
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