第2話 竜の血筋(2)
だが、万事上手くいくことなどは滅多にない。
皇帝の子供たちに、紋章持ちは全くいなかったのだ。
年齢的に、これから子をなすことが難しい年齢にさしかかっていた皇帝は、皇太子のフリードリヒⅡ世の子供に期待した。
結果、正妻との間に生まれた次男の右の二の腕に3センチメートルほどの小さな紋章があったものの、皇帝と皇太子は、これに満足できていなかった。
そこに臣下から思いがけない情報が入ってきた。
ローゼンクランツ子爵家の娘には、胸の中央に10センチメートルもの大きさの紋章が現れているという。
過去の実例から、胸の中央の紋章というのは魔術の才能があることがわかっていた。
「それは誠か?」
「裏は取れております」
皇帝は、記憶を巡らせた。
(ローゼンクランツ家の当主は……確かグンターだったか……)
グンターには、両の二の腕に10センチメートルもの紋章があるという噂があった。
(本人に野心がないようだから放置しておったが……このような結果になるとは……)
そして、皇帝は決断した。
「ローゼンクランツ家に使者を送れ」
「御意」
ローゼンクランツ家を訪れた使者は、娘のマリア・クリスティーナを皇太子の愛妾として差し出すよう告げた。
たかだか子爵家ふぜいが、皇帝の命に逆らうことはあり得なかった。
こうして、マリア・クリスティーナは、15歳になったら皇太子フリードリヒⅡ世の愛妾となることが内定した。
帝国では、ある程度の地位のある貴族の子は、15歳から3年間、アウクトブルグにある学校に通うことが慣わしとなっていた。
社会への本格デビューは、18歳になってからというのが通常だったのだ。
だが、皇帝はその3年が待てなかった。
教育は皇宮内で行うから15歳になったらよこせというのである。
この世界での成人は、女は12歳頃、男は14歳頃というのが慣わしだった。ただ、成人になってすぐ結婚するというのは庶民の話で、貴族については、学校卒業後の18歳になってからというのが普通だ。
しかし、何ごとにも例外はある。
貴族でも政略結婚の場合などは18歳を待たずに結婚することも珍しくなかった。
結局、15歳で愛妾になるということは、驚くほど乱暴な話という訳でもなかったのだ。
グンターは、皇宮に皇帝への謁見を願い出る使者を送った。
非処女であることを隠して愛妾に出すのも躊躇っていたのに、経産婦ともなれば、もはや隠し立ては不可能である。
グンターは、皇帝に対し、正直に事情を話すことを決めたのだ。
皇帝が怒って罰せられることも覚悟した。
そして謁見の日……。
グンターは、緊張の趣で事情を話した。
が、皇帝は第一声……。
「ふんっ。そのようなこと、竜の血の前では蚊ほどの問題もない」
「では……」
「予定に変更はない。よいな!」
「御意」
(皇帝の執念がここまでだったとは……竜の血に救われたな……)
皇帝は、さらに続けた。
「だが、ローゼンクランツ家の世間体もあるだろうし、帝室に迎える愛妾が気まずい思いをするのも気の毒だ。出産のことは内密にせよ」
「かしこまりましてございます」
皇帝の命を受けたグンターは、家族とも相談して、夫婦ともどもマリア・クリスティーナを連れて、山の奥地にある自らの領地に引っ越すことを決めた。
帝都で内密に出産するのは難しいし、生まれた子をどう育てるかも問題だ。
そして、子爵家の家督を長男のブルーノに譲ることにした。
皇帝からは罰せられることはなかったが、自らケジメをつけることにしたのだ。
ブルーノは25歳になっており、なんとか家督を継げる年齢だった。また、グンターも40歳を目前にしていた。
この世界の平均寿命は50歳代であり、40歳を過ぎたら第一線を退いて引退するのが目安となっている。
ちょっと早い隠居と思えばそれほどの悲壮感もなかった。
「良かった。少し安心しました」
マリア・クリスティーナは、父が皇宮へ赴いたときは、どのような結果になるかハラハラしたが、結果として、なんとか将来の目算も立ち、安心して子供が産めると安堵の胸をなでおろした。
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