第22話 再会(1)
ルードヴィヒがローゼンクランツ邸に戻ると母マリア・クリスティーナからの返書が届いていた。
急いで封を開けると"最愛の我が息子へ"から始まり、最優先で対応するから、いつでもいらっしゃいという旨が書かれていた。
噂によると、大公への口利きを懇願するため、マリア・クリスティーナの住む邸宅を詣でる貴族は後を絶たないという。これは、当該貴族たちを押し留めてまでして会ってくれるということになる。
「おっ母さ……」
ルードヴィヒの目は潤んでいた。
翌日。
一張羅の正装で身を固め、マリア・クリスティーナ邸を訪ねた。
手紙には、"しかるべき上級使用人を迎えに寄こす"と書いてあったが、一刻も早く会いたかったので自ら訪問することにした。
門番は、目の前のこの上ない美貌の少年を見て目を見張ったが、すぐにピンときたようだ。
「私は、ルードヴィヒ・フォン・ローゼンクランツと申します。ローゼンクランツ夫人にお取次ぎ願いたい」
マリア・クリスティーナは、正妻ではないにもかかわらず、"夫人"の称号をつけて呼ばれていた。周辺が正妻に準ずる存在として認めている証だった。
「話はうかがっております。少々お待ちください」
程なくして、品の良い初老の紳士が出て来て案内してくれた。
おそらく、この邸宅の家事をとりしきる執事がわざわざ応対に出てきてくれたのだろう。
ルードヴィヒは、少し申し訳なく思った。
豪華そうな部屋の前に着くと、「こちらでございます」と言いながら扉を開けてくれた。
そして……
目の前に母がいた。
生まれてすぐに別れたため、ルードヴィヒには母の顔の記憶がない。
今年30歳になったはずだが、20台前半と言ってもよいくらい若々しい。それでいて円熟した大人の女の色気を感じさせる。
その美貌は評判に違うものではなかった。
ルードヴィヒは、そこに完成された女の美を見た気がした。
まっすぐにこちらを見つめる目は潤んでいるように見えた。
「大公国の薔薇、ローゼンクランツ夫人にご挨拶申し上げます」
完璧な発音の帝国標準語でそう言うと、ルードヴィヒは胸に右手をあて、片膝を折って貴族の礼をした。
「ルーちゃん!」
マリア・クリスティーナは我慢ができなくなったらしく、ルードヴィヒに駆け寄ると抱きしめた。
豊満な胸の膨らみが押し当てられる感触がなまめかしい。しかし、不思議とふしだらな気持ちにはならなかった。家族とはそういう存在なのだろうと改めて思った。
女性特有の甘い香りが匂い、頭がクラクラしそうだ。
(おらんおっ母さ……ヤバすぎだぜ……)
今は大公の庇護下にあるから安心だが、仮にそれがなくなるような事態となったら、野蛮な男たちが彼女を狙って殺到するのではないか? そんな見当外れな考えが思わず頭を過る。
なんとか気を取り直して、母を優しく抱き返すと、これまでの緊張が緩み、ふいに声が出た。
「おっ母さ……」
口にしてから後悔したが、後の祭りだ。ルードヴィヒは母に接して、これまでの15年間を取り返すかのように幼児退行してしまったような気分になっていた。
マリア・クリスティーナの目からは、大粒の涙が流れていた。
「これまでごめんなさい。決してあなたのことを愛していない訳ではないのよ……ごめんなさい……」
……とマリア・クリスティーナは謝罪の言葉を並べ立てる。
「もういいよ。わかっているから……」
しばらくルードヴィヒを抱きしめていたマリア・クリスティーナは、気が済んだらしく、手を離すと、ルードヴィヒの顔をしげしげと眺めた。ルードヴィヒの方が背は高いので見上げる感じだ。
「あんな小さな赤ちゃんが、こんなに大きく立派に育って……お母様とお婆様には感謝の言葉もないわ」
「私も心から感謝しております。もちろん母上様にも。立派な体に産んでいただき、感謝の念に堪えません」
「そんな……私なんて……」
マリア・クリスティーナは、再び泣き出してしまう。
今度はルードヴィヒの方から母を抱きしめた。
それを見ていた長女のマリア・アマ―リア(14歳)、次男のツェーザル(12歳)と次女のマリア・アントーニア(10歳)の3人の異父弟妹ももらい泣きしている。
マリア・クリスティーナの気持ちが少し落ち着いたタイミングを見計らってルードヴィヒは言った。
「母上様。これでは泣いているだけで日が暮れてしまいます。私の妹、弟たちをぜひ紹介してください」
「それもそうだわね。父は違えども、かけがえのない弟妹なのだから……」
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