第18話 高利貸し(2)
「ここん家にぁ、なじょぅして奴らが言っとったような借金があるがぁ?」
暫くためらったが、ヤスミーネは、事情を話し始めた。
要約するとこうである。
数年前に、店主であった彼女らの父が病にかかり、休みがちとなったため、店も度々閉店せざるを得なくなった。
これに伴い客足は減っていき、経営に行き詰ったあげく、高利貸しに手を出してしまった。
そして、店主は約1年前に亡くなった。
このタイミングで、店をたたみ、売り払えば借金の大半は帰せた可能性があった。
だが、彼女たち姉妹は、父が大事に守り育てた店を売る決断ができず、なんとか自分たちで立て直そうとしたのだ。
だが、ヤスミーネの料理の腕は、父には遠く及ばず、客足が戻ることはなかった。
残った客も料理を食べにくるよりは、姉妹の尻を触ったり、時には酔って抱きついたりといった不埒な行為を目的とした質の悪い客がほとんどだった。
しかし、彼女たちは店を潰すまいと必死に耐えていた。
結局、借金は利子相当分すら返せておらず、利子に利子が付く形で雪だるま式に増えているということだ。
「そうけぇ……まずは、料理をなんとかすんのが先決だのぅ」
「それはわかってはいるのですが……」
「さっきの牛テールスープのレシピは、なじょしとるがぁ?」
ヤスミーネの説明を聞くと、灰汁取りが不充分なこととなにより煮込み時間そのものが足りていないようだった。
「でも、煮込み時間ってどのくらい必要なんですか?」
「テールみてぇな固ぇ部位だと、最低3時間は必要ってんがのぅ」
「でも、それでは寝る時間もなくなってしまいます……あっ、でも確かにお父さんもずいぶんと夜遅くまで起きていました」
「う~ん。そうだのぅ……今使ってる鍋を見してくんねぇけぇ」
ヤスミーネは厨房の鍋を見せる。
「やっぱ業務用の鍋はでっこいのぅ……だが、わかった。明日、いいもんをくれてやるすけ、待っといてくれや」
「しかし、このうえ物をもらうなんて……」
「ええてぇ。おらの好きでやることだんなんが」
そう言われて、ヤスミーネは渋々引き下がった。
そして翌日。
ルードヴィヒたちは再び三毛猫亭にやってきた。昨日と同じ面子である。
軽く挨拶をしたあと、ルードヴィヒがストレージから取り出したのは鍋だった。
ヤスミーネは、突然鍋が姿を現わしたことにも驚いたが、それよりもその形に気を取られた。何か奇妙な形の蓋が付いていたのだ。
「これは?」
「圧力鍋っちぅもんだ」
「えっ? あつ……りょく……」
「まあ、名前はどうでもええすけ、早く使ってみらっしゃい」
ルードヴィヒに指摘されたとおり、丁寧に牛テールの灰汁取りをしたあと、必要な材料を入れて圧力鍋で煮込む。
そして30分ほど経った。
「そろそろええかのぅ」
「えっ! でも昨日は3時間以上って……」
「まあ、開けてみらっしゃい」
ヤスミーネは、スープを人数分を皿に用意し、皆に配った。
そして一斉に口に運ぶ……
「うま~っ。美味いですよぅ。ルードヴィヒ様ぁ。高級宿の料理よりずっと美味いですぅ」
……とハラリエルが感動の声をあげた。
牛テールはナイフを使う必要がないほど柔らかく煮込まれ、フォークだけでもホロリと崩れる。
それに伴い肉のうま味もスープに溶け出ており、絶妙な味わいを実現していた。
「どうもありがとうございます」
そう言うと、妹の方がルードヴィヒに抱きついてきた。
「私、ヘルミーネっていうの。あなたは?」
「おらはルードヴィヒだっちゃ」
「そうなのね……私、ルードヴィヒさん。大好き!」
そう言うと、ヘルミーネはルードヴィヒに抱きつき、その頬に軽くキスをした。
照れて真っ赤になっている。
そして、ヘルミーネの尻尾がくるりとルードヴィヒの体に巻き付いてきた。
猫耳族の彼女が、ルードヴィヒに好意を寄せているなによりの証拠だ。
猫耳族にしかできないその行為は、ルードヴィヒに彼女の情の深さを否でも感じさせるものだった。
(こらぁ、まいったのぅ……)
だが、そこに割って入る者が約一名……
「ルードヴィヒお兄ちゃんに馴れ馴れしくしないで!」
そう叫ぶと、ゲルダはヘルミーネに対抗してルードヴィヒの腕にしがみつき、頬をすり寄せて甘えている。
二人の少女にすり寄られ、ルードヴィヒはハーレム状態である。
(別にこういう展開を望んでたわけじゃねぇんだども……)
……と思いつつも、ルードヴィヒの気分は悪くなかった。
が、それも束の間……
店の扉がバタンと勢いよく開かれた。
そして、そこには……
お読みいただきありがとうございます。
気に入っていただけましたら、ブックマークと評価・感想をお願いします!
皆様からの応援が執筆の励みになります!





