第18話 高利貸し(1)
古今東西を問わず、金銭というものは、穢れた存在であるという感覚は普遍性を持っている。
例えば、田舎のお婆ちゃんが孫に小遣いをあげる時に、裸ではなく、ポチ袋に入れたり、用意がなければティッシュに包んであげるのは、これを象徴する良い例である。
このため、この世界でも金融業者というものは、社会的には不可欠であるものの、決して尊敬されるような存在ではなかった。
中でも高利貸しは特に軽蔑されていたが、これはならず者たちの重要な資金源となっていた。彼らは、脅迫や暴力まがいの行為での強引な借金の徴収を得意としていたからだ。
厨房の中から20歳前と見える猫耳族の女性が慌てて出てきた。給仕してくれた少女の姉だろう。ヤスミーネという名前らしい。
「ちょっと! お客さんもいるんだから静かにしなさいよ!」
……と気丈にも言い返している。
「何言ってんだこいつ。そんなことは耳を揃えて借金を返してから言いやがれ!」
「だから、あんな金額、すぐには無理って何度も言ってるでしょう」
「利子が積もり積もって、まっとうな方法じゃ返せねえ金額になってるんだよ。返す気がねえなら、店をたたき売って、おめえらの身柄も娼館に売りとばすまでだ!」
ヤスミーネは、それを聞いて青くなった。
何も言い返せずに立ちすくんでいる。
「わかってんのか、おらあ!」
ジェラルドと名乗ったマッチョ男は、ヤスミーネの胸ぐらを掴むと、強引に引き上げた。
持ち上げられて、彼女の足は宙に浮き、首が締まって呼吸ができない様子だ。苦痛に顔が歪んでいる。
ルードヴィヒ一行以外の客たちは、人相の悪い男たちを刺激しないよう恐る恐る店を出て行った。テーブルの上には代金と思われる金が置いてあるあたり律儀といえば律儀だ。
ハラリエルやゲルダは、この様子をハラハラしながら見ているが、ルードヴィヒは我関せずとばかりに食事を続けている。
「お姉ちゃんから手を離せ!」
見るに見かねて、ヤスミーネの妹は、勇敢にもジェラルドに突撃した。
が、ふとっちょ男に着き飛ばされ、ルードヴィヒたちのいるテーブルに激突した。その衝撃で、テーブルの上の料理がぶちまけられる。
ルードヴィヒは、静かに立ち上がるとジェラルドに近づき、ヤスミーネを持ちあげている腕を右手で掴み、握力をこめた。その表情からは、一切の感情が消えているように見えた。
「イテテテテ……」
今度は、ジェラルドの顔が苦痛に歪み、ヤスミーネから手を離した。
解放された彼女は、ハアハアと荒い呼吸をしている。
心配して、妹が駆け寄った。
それを見届けたルードヴィヒは、ジェラルドを掴んでいる手を離した。
一息ついてジェラルドは大声を上げる。
「この野郎。なにしやがる!」
対照的に、ルードヴィヒは、静かな声で言った。
「ねらみてぇなクズ野郎を見とるだけで飯が美味くねくなる。今すぐ帰ぇらっしゃい!」
ルードヴィヒの方言を聞いて、ジェラルドは、ルードヴィヒのことをお上りさんの世間知らずと侮った。
「このお坊ちゃまは何を言うかと思えば……いや、この可愛らしい顔はお嬢ちゃんかぁ……寝言は寝てから言いやがれ!」
この一言はルードヴィヒの逆鱗に触れたらしい。彼は強烈な覇気を発した。見ていたハラリエルも怖くなって思わず「ひえっ」と声を上げる。
これにはジェラルドたちも一瞬怯んだ。
が、直後、これを埋め合わせるように「けっ。痛い目を見ないとわからねえようだな」と負け惜しみに聞こえなくもない言葉を発すると、ジェラルドはルードヴィヒの顔面めがけて殴りかかる。
ルードヴィヒは、これを造作もなく受け止めると、瞬間的に大きく腕を捻った。
「ゴキッ」と大きな音がしたあと、ダラリと垂れ下がったジェラルドの腕が明後日の方向を向いている。肩の関節が外れたのだ。
「くそったれ!」
ここで形勢不利とみたのか、ジェラルドたちは「この借りは絶対に返すからな。覚えてやがれ」といかにも小者らしい捨て台詞を吐いて逃げ帰っていった。
これで一息ついたと、一同は安堵した。一転して、店の空気は安心感で満たされる。
「どうもありがとうございました」
猫耳族の姉妹は、ルードヴィヒに対して、そろって頭を下げた。
「ええてぇ。おらが勝手に気にいらん奴をぶちのめしただけだすけ」
「しかし……」
……とヤスミーネは反論しかけるが、ルードヴィヒは彼女の唇に人差し指を当てると、その言葉を止めた。
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