第135話 ブラッセルの晩鐘(2)
「Rush -Angriff!」(突撃!)
今回も総司令官を務めるハンペル大将が命令を下した。
まずは、バイコーンに騎乗した薔薇騎士団が先陣を切り、これを先頭にみるみるうちに紡錘陣形が形勢されていく。先頭の二匹の銀狼が接敵し、血の花が咲き乱れる。もはや皇帝軍でドッペルヴォルフを恐れない者はいなかった。逃走を図る者が後を絶たず、もはや敵中央軍は、モーゼが海を割ったかのように道を開けていく。
敵横陣を分断した大公軍は、予定どおり敵右翼を包囲し、集中攻撃していく。が、この時点であらかじめ調略していた諸侯や戦況を見切った諸侯は戦場を離脱しており、抵抗している兵は五千ほどに過ぎない。片や分断された敵左翼の大多数の諸侯は中立を決め込んでいた。
敵右翼は、もはや死を覚悟して開き直って抵抗しており、なかなかにしぶとく、戦いは乱戦となった。そのさなか。意表を突く敵がルードヴィヒの前に現れた。
なんとツェルター伯が三百人ほどの大隊を引き連れて、敵軍に参加していたのだ。確かに傭兵というものは金次第で寝返ったりするものではあるが、ルードヴィヒは完全に意表をつかれた。
ツェルター伯はルードヴィヒを見つけると、真っすぐにこちらに向かってくる。彼は、エウロパ地方では珍しく赤備えの甲冑を身に着けており、戦場においてひときわ目立つ存在であった。後から聞いた話であるが、若い頃の彼は並ぶもののいないほど強い猛者であり、赤備えの甲冑にちなんで『代赭の不死鳥』と呼ばれていたらしい。
ツェルター伯は有無を言わさずルードヴィヒに切りかかってくる。熟練したその剣技は、ルードヴィヒですら舌を巻くほどのものだった。打ち合いをしながらルードヴィヒは話しかけた。
「なじょして皇帝軍なんかに味方を?」
「今、君のような人間は帝国にとって危険すぎる。私は君を殺す!」と言うなり、一段と力のこもった斬撃を放ってきた。ルードヴィヒは、これを滑らせるように受け流す。
(まあ、それについちゃあ、おらも反論はできねぇとこだがのぅ……伯爵は、どこまで知っとるんでぇ……)
だが、結局は二人とも激しい乱戦の渦に巻き込まれ、決着がつくことはなかった。
そして、皇帝軍との戦いに決着がついた後、カールの軍は調略した諸侯の軍勢を吸収してブラッセルへと向かった。
攻めてくるのは東部諸侯がそろってからだと想定していたアンリⅠ世にとって、ブラッセルへと向かった大公軍を中心に集まった軍は、降って湧いたようなものだった。
不意を突かれたアンリⅠ世の軍勢は、ブラハント公国各地から次々と駆逐されていき、エノー伯領へ逃げ込むと、その西の端のカンプレに押し込められた。しばらくの間、アンリⅠ世はカンプレで抵抗を続けていたが、やがて失意のうちに病死することになる。
皇帝補佐官のアベル・フラウエンロープは、カール率いる軍がブラッセルに向かう前には、もう姿が見えなくなっていたという。その後の行方は杳として知れない。
こうなってくると、ルマリア教皇イノケンティウスⅢ世は他に選択肢があろうはずもなく、カールを皇帝として戴冠せざるを得なくなった。
一方、ルードヴィヒはブラッセルへは向わずに、万古の戦神ヘベヨユルとの決着をつけるべく、深い森にある亜空間へと向かっていた。
その際、ルードヴィヒは、帝国三騎士からの要望を実現することにしていた。彼らは、ティアマト戦でも目立った活躍をしていないので、今回は尖兵となりなたいということだった。それに、ルシファー子飼の三人だけではなく、他の実力者もぜひ呼んでほしいとのことだった。
戦いを前にして、ルードヴィヒは、五芒星を描き、悪魔の実力者を召喚する。
悪魔の全貌というものは、そもそもよくわかっていないが、例えばゴエティアという書物に記されている七十二の悪魔の有名どころは、ベルゼブブ、ベリアル、アスモデウス、バエル、レビアタンなど大物ぞろいだ。
今回は、筆頭格のベルゼブブ。ベリアル、アスモデウス、そしてアビゴールを召喚してみる。ベルゼブブは、蝿騎士団という飛行能力を持つ悪魔からなる騎士団を作っており、そこには死の君主エウリノームなど悪魔の名士が参加しているとされるところで頼もしい。アビゴールは、戦況の行く末や敵の兵員の移動先を見通し、助言してくれる悪魔である。軍人であれば、この上もない味方である。
ベルゼブブが代表して、決意を述べる。
「猊下。お召しいただき恐悦至極に存じます。かくなるうえは、身命を賭して猊下のお役にたってみせまする」
(こらぁ大袈裟なこったのぅ……よっぽど待っとったんだろっか?)……とパイモンらが突き上げられる様子が目に浮かぶ。
「おぅ。よろしく頼まぁ」とルードヴィヒの軽い調子の返答で自分たちの強い決意をいなされたベルゼブブらは、心のやり場に困り、空虚感を覚えそうになる。
(いや。猊下の深謀遠慮は我らには到底推し測ることができないもの……猊下はおそらく自分をあてにするのではなく、各自の自立を促しておいでなのだ……)と深く考えを巡らせるが、実のところ、当のルードヴィヒはそこまで深くは考えていないのであった。
戦いには、もちろんティアマトと十一の魔物たちも参加する。
「我らは新参者ゆえ、まずは戦績をあげねばのう。ついては、ヘベヨユルは我らに任せてはくれまいか?」とティアマトは言ったが、一理あるので認めることにした。
そして、戦いが始まる。ヘベヨユルはルードヴィヒが攻めてくることを察知して、城に籠り、籠城戦の構えである。しかし、ミヒャエルの言ではないが、現実世界は三次元だ。こちらには蠅騎士団という城門など無視できる存在がいる。
結果、城門は呆気なく突破され、何十万という悪魔の軍団が攻め入った。ルードヴィヒやパーティーメンバー、幹部級の悪魔たちで、幹部級の魔族を押さえている間隙をぬって、ティアマトたちはヘベヨユルの玉座に向かう。
「よく来たな。まずは、ここまで来たことを褒めてやろう。だが、きさまらの命運もここまでだ。万古の戦神ヘベヨユル様に逆らったことを悔いながら、苦しみ抜いて死ぬがいい」……と言うとヘベヨユルは戦神らしく禍々しい魔剣を抜刀した。
そこにムシュマッヘたち十一の魔物が集団で容赦なく襲いかかる。ティアマトは、コールドブレスと雷霆でこれを支援した。
そして、ヘベヨユルはというと……その実力は口ほどにもなかった。ムシュマッヘと一対一であれば、まだ様になったかもしれない。しかし、亜神級の実力を持つ魔物十一体対一で、かつティアマトの支援があるという状況では、全く勝負にならなかった。
ヘベヨユルはムシュマッヘたちにたこ殴りにされ、もはや虫の息である。
「我はどうなってもよいが……娘だけは、殺さないでくれ……頼む……」
「おらの眷属になるんなら、殺さんでおいてやらぁ。そんで直ちに配下の魔族軍を撤退させれや」
「わ、わかった」
ヘベヨユルを殺してしまっては、魔族軍はただの無秩序な集団となり、かえって扱いにくくなる恐れがある。ルードヴィヒは、ヘベヨユルを眷属にすることで、秩序だった撤退ができると踏んだのだった。そして魔族軍は、ブラハント公国から速やかに撤退していったのだった。
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