第134話 弔い合戦(1)
薔薇十字団が大公フリードリヒⅡ世とその後継者であるハインリヒを殺害したことにより、シュワーベン大公国を巡る情勢は混沌と化していた。
嫡出子で二十歳となった次男のコンラートは、管轄する黒の騎士団を中心とした大公軍八千を率いて皇帝軍を牽制する任についていたため、今回の反乱には巻き込まれなかった。単純に大公位承継権の順位からいうと彼が次期大公ということになるのだが、彼には諸侯から人気がないという致命的な弱点があった。
彼は武芸一辺倒のいわゆる脳筋で、根が非常に明るいが、非常に短気である。小細工が出来ない性格で、騎士道をクソ真面目に信じており、『 正々堂々』をモットーとしている。そして彼は、小さいながらも三センチメートルほどの大きさの竜の紋章持ちであった。このため、一部の軍閥貴族たちや竜の紋章にこだわる古株の諸侯からは根強い支持があるものの、君主としての統治能力や人柄を考慮すると、公国諸侯の多くは次期大公としてはふさわしくないとの見方が定着しつつあったのだ。
一方、統治能力という点では三男のカールの方が大幅に優れているのだが、彼が難聴から回復してからわずか三年しか経過しておらず、その能力を公国諸侯が心から納得するに至っていない。それに彼はまだ十七歳の学園三年生で、本格的な社会デビューはしていなかった。
ここまでは次期大公を決める決定打を欠く状態となっているが、諸侯はルードヴィヒに注目した。魔王らしき者=ティアマトは、まだ正式ではないものの、ルードヴィヒに臣従することを宣明した。シュワーベン大公国とティアマトが手を結ぶことは極めて有効であり、ルードヴィヒを取り込んだ者のみが、帝国における三すくみの状態を正常化しうるということになる。この点を勘案すると、ルードヴィヒが団長の薔薇騎士団を管轄するカールが断然有利になってくる。
また、現在カールは、コンスタンツェらとともにテーリヒに滞在しており、帝国でも有数の武力を持つツェルター伯の庇護下にある。その意味では、公国内の争いに対し、ツェルター伯国の介入というカードをカールが切ってくる可能性も大いに考慮しておかねばならない。
これらを総合的に勘案すると、カール有利という状況ながらも、なお事態は流動的であった。
しかし、現在は薔薇十字団に奪われた公都アウクトブルグを奪還して首謀者を処刑し、亡き大公らの仇をうつことが何よりも急務かつ重要であり、これをなしえた方が次期大公レースでも圧倒的に有利になるだろう。
カール大公子は、早々に軍議を開いた。父や兄の仇をうちたいのはもちろんだが、アウクトブルグ市民の安全が害されないか心配であり、早急に町を奪還したかったからだ。
まず冒頭で、大公の秘密機関や鷹の爪傭兵団の諜報員からの情報が報告された。それによると、反乱は薔薇騎士団によってなされたもので、アウクトブルグに駐留している部隊の指揮を取っている者は、シュタイナー・ショルツという幹部の男ということだ。総裁のクリスチャン・ローゼンクロイツの姿は見えないらしい。反乱軍は、薔薇騎士団により数を減らされたが、なお約九千の魔族らしき兵が駐留している。
まず、ハンペル大将が口を開いた。
「アウクトブルグは守りに固い城郭都市ですからな。用兵の常道からいきますと最低でも守備兵の倍、さらに相手が魔族であることを考慮すると五倍の兵は用意しないと落ちないでしょう」
「五倍ですか? 四万五千の兵など帝国中から兵を集めた帝国軍でも近年は聞かない数ですよ!」とカールはけた外れな数字に疑問を呈した。
「いや。戦った感じだと、あらぁ魔族でねえのぅ」とルードヴィヒが口をはさんだ。
「しかし、見た者の証言によると、あの姿は魔族なのでは?」
「魔力量がけた外れに少ねぇかったし、あの魔獣と人間を無理やりくっつけたような感じは、人間と魔獣のキメラでねえかと思うがぁども」
「人間と魔獣のキメラだって! そんな……神を冒涜するようなことを……」
「やつらはホムンクルスを熱心に研究しとったみてぇだし、おそらくは間違ぇねぇろぅ」
その悍ましい行為を想像して、誰もがしばらくの間沈黙した。
「そうだとすると、どのくらいの強さだったのですか?」とカールが再び口を開いた。
「そっけに強くはねぇぜ。要はサーベルタイガーみてぇな魔獣が人間の知恵をつけたと思ってもらえればええろぅ」
その点は納得されたのだが、それでも常識的には最低でも倍の兵は必要だ。そのとき、軍議の参加者たちは、オブザーバーとして参加していたツェルター伯に注目した。それに対して、彼は淡々と言い放った。
「我らは傭兵国家だから、相応の報酬をもらえれば兵を出すが、卿らはそれでいいのか?」
フラエブルグ派遣軍は総数で八千。残り一万をツェルター伯が派遣するとなると半数以上となってしまう。そうなると、仮にカールが大公となったとしても、ツェルター伯の発言力は無視できなくなり、半ば傀儡の大公となってしまいかねない。それを悟った参加者たちは、再び口を閉じた。
(最終的にぁ、おらがダークナイトやらを召喚してもええがぁどものぅ……できれば、見せたくねぇし、どうすっかのぅ……)とルードヴィヒは迷い始めた。
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