第133話 反乱(1)
この日の朝。アウクトブルグの町の門番は朝の忙しい時間帯が一段落して気が緩み、大きなあくびをした。思わず目に涙がにじむ。だが、視界の端に異様なものが目に入り、目を疑った彼はたまらず目をこすった。しかし、それは紛れもない現実のものだった。
「おい! 魔族だ! 魔族が攻めてきたぞ!」と門番は周りの者に急いで声をかけた。
それは一見すると魔族風の姿をしているが、サーベルタイガーといった凶暴な魔獣と人間を無理やり合体したような奇妙な不自然さを漂わせている。
アウクトブルグは城郭都市であり、その丈夫な門を閉じさえすれば、容易には外敵の侵入を許さない構造となっている。門番たちが協力して必死に門を閉じようとするが、丈夫で重量のある門はゆっくりとしか閉じてくれない。このときばかりは城門の丈夫さが裏目に出てしまった。閉め切れないうちに多数の敵の侵入を許し、あっという間に門番らは惨殺された。
魔族風の生物は万に届こうかという数の大軍だった。これらは町に侵入すると公城を始めとする主要公共施設を攻撃し始めた。
公城を守護する公国近衛騎士旅団はフラエブルグの砦奪還のため相当数が出払っており、それを補うために皇太子ハインリヒが管轄する白の騎士団から応援を得ている状態だった。公城を攻められた大公フリードリヒⅡ世は、フラエブルグに向けて出陣した大公軍を呼び戻すべく、直ちに伝令を送った。大公フリードリヒⅡ世は、いつになく苛ついた様子で臣下を怒鳴りつける。
「これは皇帝軍なのか? そのような情報はまったくなかったではないか!」
薔薇十字団は、ルードヴィヒにリーゼロッテの暗殺を阻止されてから今日に至るまで、三年以上にわたり鳴りを潜めているように見えた。しかし、その実は、裏でアウクトブルグの占領計画を着々と進めていた。
彼らが目を付けたのは、帝国の内戦に伴い発生していた大量の難民たちであった。もとより、この世界では近代的な戸籍制度などは整えられていないし、難民の扱いも手厚いとは言い難いものだ。薔薇十字団は、ここに目を付け、目立たないように難民たちを拉致すると、サーベルタイガーなどの凶暴な魔獣と掛け合わせたキメラのホムンクルスに改造してしまった。
ホムンクルスに関する技術は、薔薇十字団の得意分野の一つであった。なぜなら、彼らの最終目的は、人間を究極的な形態まで進化させることにあり、その手段としてのホムンクルス研究が盛んに行われていたからだ。三年をかけて、彼らが改造を施した難民の数は万のオーダーを超えた。
そして、ついにアウクトブルグの占領計画が実行に移された。彼らの狙いは、アウクトブルグの町を支配し、『完全にして普遍なる知識』を実践するための王道楽土の壮大な実験場とすることにあった。だが、その手段としてキメラのホムンクルスをつくるなど人倫に外れた行為をすることからして、その計画がろくでもないことは容易に想像できるところだ。
薔薇十字団の第一目標は大公フリードリヒⅡ世、次に後継者で長男の大公子ハインリヒ、次女の大公女コンスタンツェ、そしてアウクトブルグ市長の命であり、並行して主要な官公所を制圧する計画にしていた。
第一目標とされた公城を守備していた公国近衛騎士旅団及び白の騎士団の騎士たちは懸命に戦いながらも、敵の異様な姿形のみならず、その際限のない凶暴さに戦慄していた。それは五百年ほど前の伝説にある狂戦士を想像させた。一説によると狂戦士は異常なまでの戦意を高揚させるために麻薬のような薬物を使用していたという。キメラのホムンクルスもまた、薬物を投与されているに違いなかった。
騎士たちは懸命に抵抗をしているが、敵の異常ともいえる執拗な攻撃にジリジリと押され、門が破られた後は公城の内部に戦場が移った。一部屋、また一部屋とキメラのホムンクルスたちに制圧されていく……。
「ええい! 援軍の到着はまだか?」と大公は怒鳴り散らしたが、フラエブルグまでは通常で三日の行程である。これをどんなに急いだところで、援軍の到着は深夜か明け方になることは明白であった。
急報を告げる伝令がフラエブルグに到達したのは、昼過ぎだった。朝の戦闘開始から既に四時間以上が経過している。
急報を知ったルードヴィヒは、千里眼の魔法でアウクトブルグの様子を探った。残念ながら、大公フリードリヒⅡ世と大公子ハインリヒ、それにもともとの守りが手薄なアウクトブルグ市長は既に殺害されており、公城とハインリヒの大公子宮、それにアウクトブルグ市庁舎は残敵掃討の段階に入っている。
さらに、先遣隊がコンスタンツェの大公女宮を目指して進軍しているところだった。大公女宮には、コンスタンツェが管轄する赤の騎士団が守備についてはいるが……。
これを見て「こらぁいかん!」と叫んだルードヴィヒを見て薔薇騎士団の者たちはギョッとした。
「今すぐ救援に向かう! 全速力でおらに付いてこい! 遅れた者は置いていく!」と言うなり、ルードヴィヒは愛馬であるバイコーンに騎乗して全速力で疾走し始めた。薔薇騎士団の者たちは、慌ててこれを追いかける。
(あんな全速力では馬がつぶれるぞ……)とハンペル大将を始めフラエブルグ派遣軍の者たちは、あぜんとしてこれを見送っていた。
ルードヴィヒ連隊のうち追いついてこられたのは薔薇騎士団の者たちだけだった。さすがに彼らは緊急事態に対する即応力にも優れている。ルードヴィヒは、もちろん全行程をバイコーンで疾走するつもりなどない。フラエブルグ派遣軍から見えないところまで来ると叫んだ。
「全軍。アウクトブルグまで転移する。馬にしがみつけ!」
次の瞬間。ルードヴィヒは転移魔法を発動して薔薇騎士団の大隊五百名全員をアウクトブルグの門の前まで転移させる。団員たちは初めての経験に驚いたに違いないが、さすがに肝が据わっている。動揺する者などは一人としておらず、「おおっ! すげえーっ」などと言って面白がっている。
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