第132話 代理戦争(5)
再び攻撃を避けながら神気を込めた斬撃を放つ。
(さっきなまでよりは攻撃が通っとるみてぇだども……きりがねぇのぅ……そんだば……)とルードヴィヒは再び攻撃しつつ詠唱する。
「我は求め訴えたり。戦争と死の神にしてアースガルズの主神オーディンよ。グラズヘイムより来たりてその力を示せ。契約のもとルードヴィヒが命ずる。神槍!」
空間が割れてグングニルが飛んでくる。必中の槍だけあって、ティアマトの胸のど真ん中に刺さった。グングニルは、そのまま抜けてオーディンの手元に戻っていく。傷口からはかなりの量の血が流れ、ティアマトは何とも形容し難い「ゴロゴロ」という雷のような悲鳴を上げて苦しんでいる。
ここがチャンスとばかりに、ルードヴィヒはティアマトの傷口をめがけて魔剣グラムによる乱れ切りでラッシュをかける。
しかし……「カキン」という音を立てて肝心の魔剣グラムが折れてしまった。ルードヴィヒが全力の神気を込めた斬撃の威力に剣の方が耐えきれなかったのだ。
(んのっくそっ! どうせぇばええがぁだ!)とルードヴィヒは当惑した。
ティアマトは、その間隙を突いてコールドブレスと雷霆による攻撃を再開した。油断していると尾による攻撃も思わぬ方から飛んでくる。これを何とか避けながらルードヴィヒは考える。
オリハルコンの双剣では心もとないが……(おおっ! そういやぁあれがあったのぅ)……タルタロスでの戦いでルシファーが古の魔王らしき者から奪った業物の剣。それを亜空間から取り出した。サイコメトリーの魔法で剣に残る残留思念を読み取ると過去の邪神や魔王の類の手を転々としてきたことがわかる。それこそ原初の時代に創造された業物の一品だった。残留思念から読み取ったその名は『鴻荒の魔剣パガラッハ』。原初からの悠久の時を経て蓄積したマナの量も膨大なものとなっている。(これならいける……)と確信したルードヴィヒは、再び詠唱を始めた。反撃のため、なんとかティアマトの攻撃の手を止める必要がある。
「我は求め訴えたり。闇と魔術と死の女神にして、冥界女王たるへカティアよ。冥界より来たりてその力を示せ。契約のもとルードヴィヒが命ずる。邪視!」
空間が割れてへカティアが現れ、邪視を放った。さすがに、ルードヴィヒも邪視による即死が通るとは思っていない、しばしの間金縛り状態にできれば、それでいいと思ってのことだ。へカティアの邪視は効いたようで、ティアマトの体が硬直した。
これでとどめとばかりに、ルードヴィヒはティアマトの傷口をめがけて魔剣パガラッハによる乱れ切りでラッシュをかける。ティアマトの傷口が広がっていく……(こんまんま心臓までたどり着ければ)……だが、ティアマトの硬直は五秒ほどで切れてしまった。
再び動けるようになったティアマトは、後退して距離を取ると自らに治癒魔法をかけた。傷口がみるみるうちにふさががっていく。
(けっ! また出直しけぇ!)とルードヴィヒは、やりきれない気持ちでいっぱいとなった。
ところが、ティアマトは人型の姿に転じた。
「はっはっはっはっ……愉快、愉快。タルタロスで戦ったときは互角だと思ったのだがな。これほどとは……」とティアマトは愉快そうな顔で笑っている。どうやら演技というわけではなさそうだ。理解できないといった顔をしているルードヴィヒに向けてティマトは言った。
「朕がそなたの眷属に下るといったらどうする? それでも朕を殺すか?」
「降参した者を殺す趣味は、おらにはねぇ」
「ならば配下ともども、そなたの眷属に下ろう。よいな?」
「お、おぅ……」
その場はそういうことで収まってしまった。十一の魔物たちも瀕死状態ではあったが、亡くなったものはおらず、おとなしく眷属に下ることになった。
一段落ついて、ルードヴィヒたちは、素知らぬ顔で大公軍の後詰の位置に戻ると行軍を続けた。すると、前方から白旗を掲げた使者がやってきた。これを見た大公軍は騒然となった。使者の口上によれば、魔王らしき者=ティアマトの軍は、停戦のうえ交渉がしたいということだった。軍内には罠を疑う声もあったが、皇帝軍との戦いも控えているこちらとしては、被害は最小限であることが望ましい。総司令官であるハンペル大将は、まずは交渉に応じることにした。
交渉の場は、砦にほど近い草原の一角に設けられた。先方の交渉役は三十歳前後に見える男性で、圧倒的な存在感を放っており、感じられる覇気からも交渉は一筋縄ではいかないことを想像させた。交渉役はムスタファ・ディーフェンバッハと名乗ったが、ルードヴィヒには人型に変化したムシュマッヘであることがすぐにわかった。
ムスタファことムシュマッヘは、いきなり言った。
「我らにはシュワーベン大公の傘下に入る用意がある」
それを聞いた大公軍の中に安堵の空気が広がり、ハンペル大将も穏やかな口調で話を続けた。
「それで、そのための条件は何かね?」
「我らは真に強いものにしか従わない。我らが臣従するのはローゼンクランツ卿ただ一人だ」
(大公軍最強の薔薇騎士団の団長とはいえ、子爵という下級貴族に臣従しようというのか?)……これを聞いた大公軍の者たちは一斉にルードヴィヒに注目した。
(すっけんこたぁ、おらだって聞いてねえよ!)とルードヴィヒは叫びたい気持ちだったが、かといって収めどころも思いつかない。ここは静かに見守るしかないと思い直した。
臣従するということは契約行為であってドライだということは既に述べた。これを敷衍すると、上司の上司との間に臣従関係があるとは限らないということになる。ムスタファは、ルードヴィヒには臣従するが、大公フリードリヒⅡ世には臣従しないと言っているのだ。
ムスタファは、さらに要求を追加する。
「それにもう一つ。我らの臣従すべきローゼンクランツ卿が子爵位というのは低すぎる。ついては、我らが占領しているモゼル公国の公爵とすることを要求する。条件は、以上の二つだ」
モゼル公国はローテリンゲン大公国の中のライヌ川上流部を占める領邦であり、現在はティアマト配下の占領下にあった。ルードヴィヒがここの領主ということになると、事実上、大公の傘下となるわけで、これが一兵も損なわずに実現するとかなり美味しい話ではある。だが、受爵という人事案件がらみになると、ハンペル大将限りで交渉をまとめることはできない。結局、交渉は中断し、アウクトブルグの大公のもとへ伝令を送ることになった。しかし、一週間たっても返事を持った伝令が帰ってこない。そして、大公軍の誰もが焦れ始めたとき……。
「ハンペル大将! 急報です! 急ぎアウクトブルグへ帰投せよとのことです」
「今は大事な交渉中なのだぞ。それを放棄するとは、何ごとか?」
「実は……」
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