第132話 代理戦争(4)
行先は、ちょうどルードヴィヒが時間を止めた場面だった。彼はウシュムガルの首に闘気刃を放つと同時に魔剣グラムを構えた。時空に介入してきたムシュマッヘの首を一刀のもとに切り飛ばす。魔剣グラムは、ファフニールというドラゴンを殺したドラゴンバスターでもあり、その威力は顕在だった。
「キシャーーーーッ」……首を一つ切りとばされ、怒ったムシュマッヘは蛇特有の威嚇音を発している。
いったんムシュマッヘとは距離を取り、ルードヴィヒは召喚魔法の呪文を唱える。
「我は求め訴えたり。主神オーディンの直属にして、愛と豊穣の女神フレイヤの従者たる戦乙女たちよ。ヴァルハラより来たりてその力を示せ。契約のもとルードヴィヒが命ずる。召喚!」
戦乙女たちの中から選りすぐりであるブリュンヒルデ、スクルド、ゲンドゥル、ゲイルスケグル、スケッギォルド、レギンレイヴ、シグルドリーヴァの七名を召喚する。神秘的に光る七つの召喚陣が空中に生じ、そこから天馬を駆る戦乙女たちが現れ、空を翔ける。彼女たちは、早速戦いに加勢してくれる。
(まだでぇ。前回は甘く見てたすけのぅ。今度ぁ総力戦でぇ!)
「我は求め訴えたり。闇と魔術と死の女神にして、冥界女王たるへカティアとその眷属たちよ。冥界より来たりてその力を示せ。契約のもとルードヴィヒが命ずる。召喚!」
地面に漆黒の十字が生じへカティアとその眷属たる復讐の女神であるエリーニュスたちアレークトー(止まない者)、ティーシポネー(殺戮の復讐者)、メガイラ(嫉妬する者)の三柱、エンプーサ、モルモンなどの眷属が姿を現わす。彼女らも早速に加勢してくれる。
これにより、ティアマトの眷属である十一の魔物の数的優位はくつがえった。しかし、ルードヴィヒは感じ取っていた。さらに圧倒的な存在感のボスが控えていることを。十一の魔物がそろっているということは、おそらくは邪龍ティアマトなのだろう。伝承では新しい神々との戦いに敗れて死んだことになっているが、そうではなかったのか? ルードヴィヒは、仲間が十一の魔物を抑えている間に気配のある方に進む。
すると真正面に古風で異国情緒あふれる豪華絢爛な衣装を着た美貌の貴婦人が威風堂々とした姿で立っていた。こちらが武装しているにもかかわらず、恐れの色は全く見られない。貴婦人が口を開いた。
「久しぶりだなあ。ルシファーよ」
「はあっ? おらぁおめぇさんなんか知らねえぜ」
貴婦人は、ルシファーの転生体たる美少年が、田舎まる出しの方言で口をきいたことに甚だしい違和感を覚えたようだ。ピクリと眉が動いた。が、話を続ける。
「そんな冷たいことを言うもんじゃないよ。タルタロスで楽しく命の奪い合いをした仲じゃないか」
「んーん?」……ルードヴィヒはルシファーの記憶を探るが、心当たりがない。
「ならば、これでどうだあ!」
そう言うなり、貴婦人は本性の姿へと転じた。それは西洋風のドラゴンではなく、東洋風の蛇のように細長い龍の姿だった。その大きさは陸の王者ベヒモスを軽く超えている。
(やっぱしティアマトだったんけぇ)……本性の姿を見て、ルードヴィヒはようやくルシファーの記憶に思い当たった。タルタロスで戦って相討ちの引き分けとなった相手のティアマトに間違いはない。ティアマトは死んだのではなく、タルタロスに落とされていたのだ。
ルードヴィヒは、ドラゴンバスターたる魔剣グラムを抜くと、飛翔魔法で宙を飛び、ティアマトに切りかかった。あまりの巨体のため、地上からでは急所に届かない。胸のあたりに神気を込めた斬撃を放ったものの、かすり傷しかつかない。片やティアマトは口からはコールドブレスを吐く一方で、雲を操り雷霆を落として反撃してくる。
ルードヴィヒは、修行の成果として、数秒先の未来を感じることができるようになっていた。先を読んでティアマトの攻撃を避けるが、相手は原初の神である。ティアマトもルードヴィヒが避ける先を読んで先回りして雷霆を落としてくる。それをすんでのところで避けるといった緊迫したやりとりが続く。
(こうなったら次の手段でぇ)……ルードヴィヒはティアマトの攻撃を避け、隙を見て斬撃を放ちながら詠唱を始める。
「我は求め訴えたり。闇を司りし太古の竜にして、最強・最恐の竜の主、黒竜王よ。夢幻界より来たりてその力を示せ。契約のもとルードヴィヒが命ずる。闇の息吹!」
空間が割れて黒竜王が首をのぞかせると、その口からブレスを放つ。黒竜のブレスは、あらゆるものを腐食させる力を持っている。ティアマトは虚を突かれ、黒竜王のブレスは見事にティアマトに命中した。並みの生物ならば腐り果てているところだが、ティアマトは耐えきった。
(これで、ちったぁ鱗が劣化してくれとったらええがぁども……)
一方で、割れた空間は閉じ、黒竜王は見えなくなった。今のルードヴィヒの力では、黒竜王を長時間召喚し続けることは無理だ。
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