第16話 ローゼンクランツ邸 at アウクトブルグ(1)
この世界の武人は、体を巡る闘気を操り、身体や身体能力の強化を図るスキルを使いこなしていた。このためには、肉体各所にある生命エネルギーの中枢である第1から第7チャクラを順に使いこなせるようになることが必要だった。
チャクラの開発状態はオーラの色に現れるとされており、その順は赤 → 橙 → 黄などである。
ローゼンクランツ翁はレベル80以上、オーラの色は第5チャクラ(喉)まで開かれたことを示す青と噂されている。
なぜ"以上"なのかというと、それはおそらくフェイクだろうことを皆が知っているからだ。
80ジャストという数字がそれを物語っているようでもあり、あざ笑っているようにも人々は感じていた。
ルードヴィヒのレベルは40で、オーラの色は第2チャクラ(丹田)まで開かれたことを示す橙だが、シオンの町では誰もがそれを鵜呑みにしなかった。
シオンの町で再修業に励む武人たちのレベルは30後半から40台であり、40ジャストというのは、やはりできすぎた数字だったからだ。
アウクトブルグの町に着いたルードヴィヒとリーゼロッテは、それぞれの邸宅へと向かう。
それに当たり、リーゼロッテは謝意を述べる。
「ローゼンクランツ様。本当にありがとうございました。このお礼は後ほど必ず」
礼をもらう意図などもともとなかった、ルードヴィヒはこれを否定する。
「いやぁ。てぇした事してねぇし、お礼なんて、ええて」
「そのようなことがあっては、ツェルター家が大恥をかいてしまいます。絶対にお礼はさせていただきます」
「そうけぇ……」
リーゼロッテの強い言葉に、ルードヴィヒはそれ以上固辞しないことにした。
「そらぁそうとして、その……"ローゼンクランツ様"ってのは、やめてくれねぇかのぅ。なんか背中がこそばゆくなるすけ。気軽に"ルード"って呼び捨てにしてくれりぁええっちゃ」
身分的にはルードヴィヒを呼び捨てにして構わないリーゼロッテも、あえて命の恩人に敬意を表して"様"付けで読んでいたのだが……
(ええっ! ファーストネーム呼びどころか、それをとばして愛称呼びなんて……ハードルが高すぎるわ。私たち付き合い始めて、まだ20日も経っていないのに……って、"付き合う"なんて、わ、私何言っちゃってるの! でも、私たちの関係って……少なくもお友達ではあるのよね?)
突然の申し出に混乱するリーゼロッテ……
しかし、当のルードヴィヒの方には、深い意図はない。
シオンの町では、近所のおっちゃん・おばちゃんも、つるんでいた悪ガキたちも、皆、"ルード"と呼び捨てにしていたから慣れていないだけだった。
リーゼロッテは、ゴクリと唾を飲み込むと勇気を出して言ってみる。
「では……ル、ルード…………様?」
「だすけ、"様"もええて」
「そんな訳にはいきません。それに私ばかり不公平です。あなたも私のことを"ロッテ"と呼んでください……というか、呼びなさい」
普段はおとなしいリーゼロッテだが、命令されては逆らえない。
「そんだば……ロ、ロッテ…………様?」
「あなたも"様"を付けているじゃないですか!」
「いやぁ……おらの場合、身分的に"様"は省けねぇすけ」
「そんなこと……いいのに……」とリーゼロッテは頬を膨らませている。
自分が言い出したこととはいえ、こんなことになるなんて……
ルードヴィヒは後悔していた。
そんなやりとりをしている二人の頬は、照れて赤く染まっている。
ディータは、そんなやりとりを微笑ましく眺めていたが、そこは年功者の余裕というものである。
一方で、ルードヴィヒの連れの女子たちは、それぞれの複雑な思いで、これを見つめていた。
が、色恋沙汰に鈍いルードヴィヒは、全くそのことに気付いていない。
ローゼンクランツ家当主となったブルーノは、今日も不機嫌だった。
彼は先日ようやくレベル50の剣士にレベルアップし、これと同時に、オーラの色は第3チャクラ(みぞおち)まで開かれたことを示す黄色となった。
これに比べ、他流派の当主たちは、レベル50台後半であり、中にはレベル60を超え、第4チャクラが開いている者もいるという。
「ローゼンクランツ双剣流も落ちたものよ」
そう言った陰口がブルーノの耳にも入って来ていた。
そんなローゼンクランツ双剣流が衰退しないのも、ひとえに父の「ローゼンクランツ翁」の影響力がいまだに健在だからだ。
グンターのレベルは規格外の80を超えているというのが、世間の評判だった。
約300年前に帝国を滅ぼしかけた大魔王を倒した勇者はレベル83だったと伝承に伝わっているが、これは盛ってある数字だという説も多い。グンターは、これと同じか、もしくは超えているというのだから、もはや生ける伝説と言ってよかった。
そんな規格外の親を持った子供のプレッシャーたるや、不憫である。おそらく自分の運命を呪っているに違いない。
おまけに、今年21歳となった長男のグスタフは、まだレベル20台という体たらくだ。とても後は継がせられない。
次男のペッツに至っては、武術の道を諦めて文官見習いを始める始末である。
(こうなったら、他流派から娘のドロテーに婿でもとるしかないか……)
ドロテーは、今年で17歳。来年は学校を卒業しているから、そろそろ婿探しをする年頃でもある。
更に悩ましいことに、妹のマリア・クリスティーナが産んだ私生児の甥っ子の面倒をみろと父に厳命された。
煩わしいことに、ブルーノの三男であるという体面にしろという。
(なぜこうも上手くいかないんだ!)
ブルーノは、もはや自分のイライラをどこにぶつけていいか、わからなかった。
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