第132話 代理戦争(1)
黒い森近郊のフラエブルグの町に対魔王らしき者の前線となるシュワーベン大公軍の砦が築かれていた。とはいえ、戦線は膠着して魔王らしき者の軍に目立った動きはなく、緊張の糸が緩みっぱなしとなっていた。このような平穏状態が続いたこともあり、砦の司令官は魔王らしき者の軍の動きに関する報告を聞いても気にもかけることがなくなっていった。
これは戦時という異常な事態に直面していながら、危険や脅威を軽視してしまうという典型的な正常化バイアスである。正常化バイアスは誰もが陥りやすいものであり、これから逃れるには日ごろから危険や脅威を意識して訓練するしかないが、実践することはなかなかに難しいことであった。
そんな砦の事情など関係なく、唐突に危機はやってきた。魔王らしき者の軍が突如砦に攻め入ってきたのだ。その知らせが砦の指揮官にもたらされた。
「指揮官殿! 魔王らしき者の軍が攻め入ってきます。すぐに迎え撃つ指示を……」
「またいつもの偵察部隊ではないのか? あまり大袈裟なことを言うな」
そんな悠長な議論が展開されているとき……「ドカン」という大きな音が砦に響き渡った。その音を聞いて指揮官の顔は不安色に染まり、ようやく危機感を覚えた。
「何だ? あの音は?」
「砦の重要施設が破壊されたのではないでしょうか?」
「では、おまえが行って様子を見て参れ!」
「jawohl! mein herr!」(かしこまりました! 上官殿!)
しかし、時すでに遅し。その音は砦の正門が破壊された音だった。魔王らしき者の軍の魔族が大挙して侵入してくる。砦はあっけなく陥落し、守備兵の半数以上が魔族によって惨殺された。
その知らせは直ちに大公フリードリヒⅡ世のもとに届けられた。ようやく皇帝軍との決着をつけるめどが立とうとしているところに横槍が入った形となり、彼はきりきりと歯嚙みをした。彼はすぐさまに指示を出した。
「ここで本格的な二正面作戦となっては、苦労して得た皇帝軍に対する優位が失われてしまう。早急に砦を奪還し、戦線を押し戻せ!」
「御意!」
これを受けて、将官たちを集めた軍議が緊急招集された。ここで公国近衛騎士旅団のゲルヴィーン・フォン・ヘーゲン少将は自軍が先陣を切ることを強硬に主張した。彼は薔薇騎士団ばかりが戦績をあげる状況にいらだっていた。他の将官も似たようなものであった。薔薇騎士団は、大活躍する度に他方で自軍の中の嫉妬を集める結果ともなっていたのだ。結局、軍議ではヘーゲン少将の主張が採用され、薔薇騎士団は出撃するものの後詰とされた。
フラエブルグへは、急いでも三日の行程である。その二日目の行軍中。ルードヴィヒの天幕にハラリエルが飛び込んできて、まくし立てる。
「ルードヴィヒ様ぁ。たいへんなんですぅ。大公軍の人たちが大きな竜巻に巻き込まれてしまってズタズタに……このままじゃあ、たくさんの人が死んじゃいますぅ!」
「はあっ? おめぇ何言っとるんでぇ。今、見て来たみてえに」
「だからぁ。未来の話ですよぅ」
「まぁた、それけぇ」……確かに、三年前のコンスタンツェ毒殺未遂のときは、数日前のリードタイムで見事に言い当てていた。
(まあ、いちおう未来が見えるっちぅことは、もっともらしいが……)
万が一リードタイムが数刻だとすると、事は急を要するが……ルードヴィヒは、千里眼の魔法で、先行する大公軍の様子を探った。だが、特に異変はないようだ。気を取り直して、ハラリエルに尋ねる。
「そらぁ、いつんことか、わかるけぇ?」
「さあ……いつのことかまでは……でも、最近は一週間先くらいまで見えるようになったんです。ふっふっふっ……凄いでしょう。褒めてくださいよぅ」
「ああ。そらぁ、わかったすけ……そんだば、一週間先っちぅことでええんけぇ」
「いやっ。それが、そうとも限らなくって……」
「ったく、あてになるんだか、ならねぇんだか……」
「いやっ! 何も知らないより、ずっとましじゃないですかぁ!」
「まあ、そらぁそうだども……ともかく、見えたことをまちっと詳しく教えれや」
ハラリエルの話をまとめると、先方を行く近衛騎士旅団の前に、ライオンの身体に鷲の頭と翼を持った姿の魔物が現れ、巨大な竜巻を起こすと旅団の騎士たちが次々と巻き込まれたということだ。その竜巻には、かまいたち的なものが仕込んであるらしく、巻き込まれた騎士たちはズタズタに切り裂かれ、壊滅状態だったという。これは、魔物の放った大規模殲滅魔法だと思われる。
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