第130話 カール大公子の騎士団(2)
しかし……暗黒の空間に突然に光が差し込んだ。何者かが暗黒の空間をまばゆい光で満たしたのだ。ルシファーは目の当たりとした光に目がくらんだ。その光にルシファーの闇の力が中和されていく……それに伴い、ルシファーの意識は薄れ、混濁していった……。
(……ん? ここは? おらぁ、なじょしてこっけん場所に?)
すると、ルードヴィヒの目に若々しい青年の姿が映った。青年は真っ白い古代風の貫頭衣を着ており、まばゆい光を放っている。
「おめぇさんは?」
「我は、Rex lucis(光の精霊王)。かの御方の命を受け、汝を手助けした」
「おらを助けて……?」と考えを巡らせた瞬間、ルシファーと自らの肉体の覇権を巡り争った記憶が蘇ってきた。今はルシファーの意思と記憶はルードヴィヒの意思の支配下にあるが、それは危うい均衡に思われ、背筋の凍る思いがした。
「やっと正気に戻ったか?」
「おぅ。なんとかのぅ……」
「まったく……手間をかけさせるでない。汝には我の守護を与えるゆえ、二度とこのようなことのないようにせよ」
「おぅ。わかったっちゃ」
精霊王が手をかざすと、ルードヴィヒの足元に魔法陣が生じ、ルードヴィヒは神秘的な光に包まれた。ルードヴィヒは、精霊王の加護を得られたことを直感で理解した。精霊王の加護は『冥後』と呼ばれ、これにより魔力消費量は一万分の一へと減少する。冥護は歴史上の記録には一切記述がないしろもので、このため存在自体を疑う者も多かった。おろらくはルードヴィヒが史上初めての事例となろう。
次の瞬間。ルードヴィヒの意識は完全にもとに戻っていた。おそらくは、ルードヴィヒの視界が暗転してから数秒しかたっていない。そして目の前にはパイモンら三悪魔がいる。ルシファーの記憶を支配しているルードヴィヒは(相手は悪魔だ。舐められたら後が面倒だ)と判断し、まずはプレッシャーをかけることにする。
「おらぁ薔薇騎士団の団長だ。ねら! 猊下なんて教皇めいた名前で呼ぶんでねぇ!」とルードヴィヒは、静かだが気迫のこもった声で一喝した。
(あの我らを見下す冷酷かつ傲慢な目は間違いなくルシファー猊下のものだ……)とパイモンらは直感した。
「ははっ! ご無礼をお許しください」と言うとパイモンらは思わず頭を床に擦りつけて叩頭せずにはいられなかった。しかし一方で、田舎丸出しの方言とのギャップに、パイモンらは甚だしい違和感を覚えていた。
(あのおおらかで、のんびりしたローゼンクランツ卿が? どうしたことだ?)……この現場を目撃したカール大公子ら関係者は、最強の帝国三騎士が無様に叩頭する様を見て仰天した。だが、ルードヴィヒと目が合った瞬間、(彼はおおらかなだけではない。裏には冷酷で傲慢な一面を秘めている……)とカールは直感した。そして、それが彼の強さの秘密でもある……。
ルードヴィヒの判断で、騎士団には軍師的な職や情報将校も置かれることになった。軍師的な職にはミヒャエルを、情報将校にはヴィムとリヒャルダほか数名を採用する。
ヴィムらは素直に受け入れたが、ミヒャエルは先の会戦で軍師の職責の重さを痛感しており、尻ごみをした。
「俺みたいな未熟者が軍師なんて、とんでもない。無理だ!」
「別に全ての責任をおめぇに押し付けるつもりはねぇ。戦略・戦術は一緒に考えるすけ、知恵を出してくれっちぅこった。あくまでも最終責任はおらにある」
「そうは言ってもなあ……」と渋るミヒャエルだったが、最後には強引に承諾させた。ずばり『軍師』という職は置きがたかったので、『団長補佐官』というなんでもありの職を作り、ミヒャエルを充てることにした。実は、面倒な事務仕事もやらせるつもり……というかルードヴィヒの腹積もりは、むしろそちらがメインだったりする。
こうして薔薇騎士団は発足した。五百名という大隊規模の騎士団ではあるものの、鷹の爪傭兵団の三羽烏に帝国三騎士、それにもともとのパーティーメンバーであるニグル、クーニグンデ、フェルディ、ケルステンという最強メンバーが結集した騎士団である。そればかりか、カール大公子の能力本位の採用方針から騎士爵の保持は採用に当たって考慮されなかった結果として、『騎士団』という名称にかかわらず、傭兵などの腕に覚えのある者が大半を占めることになった。結果、その強さは誰もが無視しえぬものとなった。
騎士道というしばりのない荒くれ者の集団というものは、往々にしてコントロールが難しかったりするが、ルードヴィヒがときおりみせる冷酷で傲慢なまなざしは彼らを震えあがらせ、勝手を許すような空気はまったくない。それは彼を支える鷹の爪傭兵団の三羽烏に帝国三騎士の存在も同様であり、団内の綱紀粛正に一役買っていた。
団長就任に当たり、ルードヴィヒは軍曹から尉官をすっとばして佐官の末端の少佐となり、爵位も男爵位に進めた。これに伴い、領地も得ることになった。バレンブルグという小都市であるが、距離的にはアウクトブルグに近いものの主要街道の中間地点の交通空白地域にある。産業は農業のほか、ちょっとした森林に隣接していることから、魔獣などを狩る冒険者の逗留地となっていた。この町では、前領主の統治がいい加減だったこともあり、市長と猟師職業別組合のギルド長が結託し、関係者も巻き込んで領主に隠れて税や手数料を割り増しして差額をポケットに入れるという不正を行っていた。これには、あるいは(町の掃除をせよ)という大公フリードリヒⅡ世の裏の意図が込められていたのかもしれない。
この不正の摘発には、ルードヴィヒが出馬するまでもなく、ルディの監督のもと諜報員のヴィムとリヒャルダ、そしてカミラが大活躍して関わったものは一網打尽にされた。カミラは元悪霊で、死霊魔術によりルードヴィヒの僕として仮の肉体を得ている。彼女は肉体から幽体離脱して行動可能であり、念動力の力も使えるため、隠密での情報収集には最適なのである。
この実績も踏まえて、ルードヴィヒはルディを領地を管理する家令として正式に任命した。こうして、ルディは侍従兼執事見習い兼家令となったわけだが、彼の能力をもってすればまったく問題はないのであった。
そして団長就任に係る事態が一段落したとき、ルードヴィヒは改めて思った。
(これでシュワーベン大公を帝位へつけるスタートラインについたっちぅことかぃのぅ……なんか誰かの手のひらの上でころがされとる気がしねぇでもねぇが……)
お読みいただきありがとうございます。
気に入っていただけましたら、ブックマークと評価・感想をお願いします!
皆様からの応援が執筆の励みになります!





