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第130話 カール大公子の騎士団(1)

 カール大公子は順調に回復し、他人との会話もほぼ違和感なくできるようになってきていた。彼は大恩あるルードヴィヒに心酔し、相互の屋敷を行き来する仲となっていた。加えて、ルードヴィヒが剣術や魔術に秀でているのみならず、知識においても大学(アカデミー)クラスを凌駕するものであることを知り、彼に対する心持ちは不動のものとなっていた。ルードヴィヒと交わす知的な会話はカールの欠かせない楽しみとなった。


 大公フリードリヒⅡ世も、カール大公子の能力を顧みなかった己の至らなさを後悔していた。見送りとなっていた、カール大公子が管轄する騎士団も設立されることになった。これを受けて、カールはルードヴィヒを自身の屋敷に招くと言った。


「ローゼンクランツ卿には、私の騎士団の団長を引き受けていただきたい」

「はあっ? おらぁまだ学生だし、すっけんこたぁ……」とルードヴィヒは思わぬ提案に困惑した。だが、カールはこれに対する回答も既に持ち合わせている。


「もちろん常勤である必要はありません。そのかわりに有能な副団長を配置していただければ……」


「有能な副団長のぅ」……ルードヴィヒの脳裏をダリウスの姿がかすめた。

「お心当たりがおありなのでしょう?」


「まあ。なくはねぇが……そんだども、おらぁまだ傭兵団の軍曹に過ぎねぇがんに」

「それは構いません。有能なものをふさわしき地位へ登用するのが我が騎士団のポリシーですから」とカールはきっぱりと言い切った。


「んーん……大公子様がそこまで言うんだば、しゃねぇのぅ」

「ありがとうございます。感謝します」


「騎士団の名前は決まっとるんけぇ? 何色にするがぁ?」


 他の嫡出子たちの騎士団は、Weisse(ヴァイセ) Ritter(リッター)(白の騎士団)、Schwarze(シュヴァルツェ) Ritter(リッター)(黒の騎士団)、Rote(ロゥテ) Ritter(リッター)(赤の騎士団)と色にちなんだ名前となっているが……。


「団長の名前にちなんでRosen(ローゼン)ritter(リッター)薔薇(ばら)騎士団)とします」

「はあっ? すっけなこっ()ずかしい名前……」とルードヴィヒは躊躇(ちゅうちょ)したが、結局カールは押し切った。


 編成は団長であるルードヴィヒにほぼ一任された。


 副団長をダリウスに打診したところ、快く引き受けてくれた。これに伴い、三羽烏の残り二人であるローレンツとルーカスも移籍してきた。どうやら三人はセットでないと気持ちが悪い境地にまで来ているらしい。さらに、三羽烏に心酔している鷹の爪(ファルケンクラーレ)傭兵団の傭兵たちの多数が移籍を希望した。三羽烏やその取り巻きを引き抜かれた鷹の爪傭兵団のヴァレンシュタイン総長は強い不満を持ったがローゼンクランツ翁に頭が上がらない彼は、ついぞ苦情が言えなかった。


     ◆


 公国近衛騎士旅団には、Reich(ライヒ) Triple(トリプル) Ritter(リッター)(帝国三騎士)と言われる最強の騎士三名が所属していた。パイモン、バティン、バルマの三人であるが、これは地獄の主ルシファーに特に忠誠の厚い三名の悪魔の名前である。周囲の人々は、これは二つ名だと解釈していた。実際に、傭兵などは箔をつけるために、悪魔の二つ名を名乗ったりすることがあるからだ。


 彼らが本当に悪魔だとすると、パイモンは王冠を被り女性の顔をした男性で、ひとこぶ駱駝に乗っている姿の二百の軍団(レギオン)を率いる序列九番の地獄の王、バティンは青ざめたウマに乗りヘビの尾を持つ屈強な男の姿の三十の軍団を率いる序列十八番の地獄の大公爵、バルマは二十の軍団を率いる堕天した熾天使(セラフィム)ということになる。悪魔の軍団は六千六百六十六名の悪魔で構成されると考えられているので、計二百五十軍団、百六十六万六千五百名という途方もない動員力である。


 彼らは十五年ほど前に突然帝国へ現れ、何らかの目的で帝国内を放浪していたが、すぐに規格外の剣術の強さから名が知られることになる。そして数年後、請われて近衛騎士団に籍を置くことになった。しかし、彼らは本名を名乗ることはなく、現在も二つ名のまま呼ばれている。彼らは、それぞれが中隊長を務める少佐待遇となっていた。


 その帝国(ライヒ)三騎士(トリプルリッター)が、何の前触れもなくそろって薔薇騎士団(ローゼンリッター)への採用会場に姿を現わした。リーダー格のパイモンが懐かしそうな表情で口を開いた。


猊下(げいか)。探しましたぞ。まさか、このようなお姿で地上におられるとは……」

「猊下? おらぁ教皇様でもなんでもねぇぜ」とルードヴィヒは当惑顔で答えた。

 パイモンは不安そうな表情で更に訪ねる。


「まさか、記憶をすべて失われておいでか?」

「なんでぇ? 記憶って?」……それを聞いて、三人は顔を見合わせる。


「そういうことならば……猊下。失礼いたします」……不意をついて何か魔術的なものを発動されたと感じたその刹那、ルードヴィヒの視界は突如暗転した。


 ルードヴィヒは、気が付くと一切の光がない暗黒の空間にいた。踏みしめるべき大地はなく、上下左右もわからない。空気は淀んでおり、霧がたちこめていることが肌の感覚でかろうじてわかる。五感をほとんど断たれて、ルードヴィヒは眩暈(めまい)にもにた気持ち悪さを感じていた。


 ルードヴィヒは、背後に鋭い殺気を感じた。彼はとっさにこれを回避すると、背中の双剣を抜こうとした。しかし、手ごたえがない。


(どっけぇのこった……)と思いながらも、振り返りざまに手刀を一閃した。闘気(プラーナ)の刃が敵を襲う。敵は持っていた禍々しい魔剣で受けようとするが、闘気は闘気でしか散らすことはできない。闘気の刃は魔剣をすり抜けると、そのまま敵の利き腕を切断した。


 それでも敵は怯まず、地獄の業火(インフェルヌス)をルードヴィヒに放つ。が、彼は冷静に魔法反射(リフレクシオ)でこれをはね返した。と同時に、ルードヴィヒは敵に突進し、右腕の鋭い爪に魔力を込めると、敵の虚を突いて強引に敵の心臓をえぐり出した。それでも敵は即死ではなかった。


 敵を十分に弱らせたと判断したルードヴィヒは、精力吸収エフースィオインドゥストゥリアの魔法を使い、敵の生命力と魔力の全てを吸収する。すると敵の体は、みるみるうちに干乾びていった。


(おらの手にそっけ長ぇ鋭い爪なんてねぇろぅ)……そう思った直後、ルードヴィヒは先ほどの戦いにデジャブのような感覚を覚えた。と同時に、何か大量の記憶が頭の中に流れ込んできた。それに耐えかねるようにルードヴィヒの精神は悲鳴をあげ、体内の(プラーナ)が乱れに乱れる。平衡感覚は麻痺し、激しい頭痛がし、酷い吐き気をもよおした。


 そして……どのくらいの時間がたっただろうか?


(我は……ルシファー……タルタロスから脱出した)……気が付けば、ルードヴィヒの肉体はルシファーの意思に支配されていた。ルシファーの魂はタルタロスから地上へと出た後、ルードヴィヒの肉体へ転生していたのだった。

お読みいただきありがとうございます。


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