第128話 初会戦(2)
そこへ一人のオーガがルードヴィヒに大剣で切りかかってくる……しかし、ルードヴィヒは心のスイッチが切れてしまったようで反応ができない。
「ガキッ」という音がすると、ニグルが攻撃を受け止めていた。
「主殿。どうされたのです? 主殿らしくない」
「おぅ。すまねぇ」という生返事しかルードヴィヒはできなかった。
ニグルがルードヴィヒに切りかかってきたオーガを始末すると、ルードヴィヒは再び戦場に向かっていく。
(こかぁ戦場。殺し合いの場。殺さなければ殺される。ただそれだけのこった……)とルードヴィヒは自分の心に必死に鞭を打つ。それでもなお、即死させないように手加減をする自分がいた。
だが、その選択肢はあながち間違ってはいない。割り切って言えば、軍隊にとって負傷兵ほどやっかいなものはないからだ。負傷兵の命を救うためには、そのために兵を割かねばならない。その意味では、一人の負傷兵を出せば、それを救助する兵の分も含めて敵の兵力を削れるという面がある。現代における地雷がいい例で、あれはあえて即死させないように威力が調整されているというえげつないしろものだ。
しかし、慣れというものは恐ろしい。いったい何人の人間とオーガを殺し、負傷させたか数えきれなくなってくると、殺すことの罪悪感というものはしだいに薄れていく。そしてどれくらいの時間がたっただろうか?
ようやく冷静になれてきたとルードヴィヒが感じ始めたとき、ルードヴィヒは、あらかじめ夢幻界からグリフォンを召喚して上空から戦況を監視させていたことを思い出した。ルードヴィヒがグリフォンと視界を共有すると戦況が一目瞭然にわかった。大公軍の左翼は皇帝軍の右翼をほぼ包囲しつつあった。一方が川でふさがれて半包囲されているという状況が効いている。
だが、皇帝軍右翼の指揮官は無能ではないようだ。勝ちはないと見切ったらしく、陣形を再編成して戦列の薄い大公軍の中央軍に突撃し、突破しようと紡錘陣形を作ろうとしている。もし、中央軍が突破を許し、皇帝軍右翼が大公軍の後背に回り込むようなことになれば、今度は大公軍の左翼軍と中央軍が逆包囲されてしまい。大公軍右翼は遊兵となってしまう。
(こらぁいかん!)と思ったとき、ダリウスの姿が目に入った。ふと彼と目が合う。それは物語っていた……(俺についてこい!)と……どういう手段かわからないが、ダリウスもルードヴィヒと同様に敵の不穏な動きを悟ったようだ。
(鷹の目っちぅやつけえ?)とルードヴィヒは思った。本当に熟練した戦士が戦闘に集中したとき、戦況をはるか上空から把握しているかのような感覚を覚えることがあるという。これを鷹の目といい、戦士たちの中で語り継がれる奇譚となっていた。あるいはダリウスは、この『 鷹の目』を会得しつつあるのかもしれなかった。
とにかく、今は上官の判断を仰いでいる猶予はなく、まさに独断専行すべき状況だ。
「皆、付いてこい!」と有無を言わさぬ口調でルードヴィヒが命じると、班のメンバーは察した……(やっと調子がもどってきたようだ)……そしてニグルは、命を奪い合う戦争という極限の状況にルードヴィヒが高揚してニヤリとしているように見えた。
(調子が戻ってきたとはいえ、ほどほどに……)とニグルは言いたかったが、ベヒモスとの戦闘時に罵倒されたことが想起され、断念した。
ダリウスの狂戦士じみた戦い方は狂乱の銀狼の二つ名に恥じないものだった。帝国軍の中から「銀狼だーっ!」と彼を恐れ、叫ぶ声が聞こえる。
片やルードヴィヒもこれに負けていない。多数を相手にした対人戦闘にも慣れ、双剣で左右の敵を討ち取っていく。左右の手は別の生き物のように自在に動き、その全てが敵兵士の腕や足を切り飛ばしていた。ニグルとクーニグンデの剣も冴え、敵を一刀両断していく。フェルディとケルステンの攻撃力は凄まじく、ほぼ一撃で敵兵士を肉塊と変えた。
「銀狼が二人いる。ドッペルだーっ!」とルードヴィヒの銀髪を目にした皇帝軍の兵士は、たまらず叫んだ。
「これより敵を駆逐する。我に続け! Rush-Angriff!」(突撃!)とダリウスは叫んだ。
ダリウスは分隊を指揮する軍曹に過ぎず、大隊長でもなんでもないが、その号令に逆らおうとする第六大隊の兵士は誰一人としていなかった。彼らには先陣を切って突撃するダリウスともう一人の銀髪の少年の背中がこの上なく頼もしく見え、これについていく限り、自分たちは無敵なのだと錯覚した。
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