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第128話 初会戦(1)

Rush(ルゥ)-Angriff(シャングリフ)!」(突撃!)


 ハンペル将軍の命令を受けて、大公軍は皇帝軍カイザーリッシェ・アルメーへ向けて突撃した。事前の打ち合わせどおり、中央軍と右翼は前進するスピードを敵に悟られないように調整し、左翼を前にした斜行陣となるように調整した。幸い、敵はこちらの意図に気づいていないようだ。


 まずは大公軍左翼が敵右翼と激突する。最左翼に配置されていた騎兵五百は敵右翼の騎兵五百と激突し、これを見事に抑え込んでいる。そこへ伏兵としていた騎兵千が敵右翼を包囲すべく、更に左翼から回り込む。


 このような場合、敵軍としては、包囲を防ぐため右翼をさらに右に伸ばすか、それが間に合わなければ右翼の角から鉤型に陣を構築して包囲に対抗するのが用兵の鉄則だ。しかし、騎兵に対しては騎兵を持って当たるのが常識であるところ、自軍の騎兵五百は既に抑え込まれてしまっている。大公軍の作戦は見事に当たったわけだ。


 敵軍は、やむなく歩兵を持って鉤型陣形を構築して対抗する動きを見せているが、大公軍の騎兵の行動の速さは、それを許さなかった。突撃槍(ランス)を構えた重装騎兵が突撃し、次々と敵歩兵を(ほふ)ってゆく。重装歩兵による攻撃力は現代でいえば戦車のようなものであり、並みの技量では歩兵をもって太刀打ちできない。これは膂力のある亜人であっても例外ではない。


 単純横陣の場合、その弱点は左右の両端にある。このため端には機動力に優れた騎兵を配置して補うのであるが、その内側の歩兵も質が問われる。皇帝軍カイザーリッシェ・アルメーは、右翼の歩兵にはオーガを集中的に配置し、班以上の隊長に人間をもって充てていた。


 オーガは簡単に言うと鬼である。頭に一本又は二本の角があって強面の顔をしており、肌の色も青みがかったり、赤みがかったりしている。体格は人間よりも一回りか二回り大きく、膂力も人間よりもよほど強い。また、人間とほぼ同様の知能を備えていることから、訓練されていれば人間のような複雑な作戦行動も可能である。このような点を勘案して、右翼に集中配置されたのだろう。


 騎兵の突撃がひとおり終わり、皇帝軍の歩兵に多大な損害を与えたところで、再突撃するためにいったん後退する。それと入れ替わりで、伏兵としていた鷹の爪(ファルケンクラーレ)傭兵団の第六大隊が投入される。


Rush(ルゥ)-Angriff(シャングリフ)!」(突撃!)


 大隊長のマルセル・ラポルダー少佐が突撃を命じた。ルードヴィヒの班もこれにしたがい突撃を開始する。


(やっぱし、なんかいねえだのぅ……)と思いながら、ルードヴィヒは手が震えるような奇妙な感覚を覚えていた。魔獣を狩る場合でも、戦闘のときは体を高揚させるために人間の体にはアドレナリンなどのホルモンが分泌される。これにより手が震えたり、体温が高くなるようなことはある。が、これはいわゆる武者震いというもので、適度な範囲内であれば必ずしも悪いものではないし、それはルードヴィヒもこれまで経験してきたことだ。


 そんなことを考えているうちに、ルードヴィヒはオーガの部隊と接敵した。まずは、不用意に剣で切りかかってきたオーガの右腕を斬撃で切り飛ばす。しかし、オーガの腕は思ったよりもたやすく切れたため、バランスを崩しそうになった。


(やっぱし、いねえだ……)と考えつつ、戦闘を続けながら感覚のズレを調整していく。オーガの練度は高くないようで、複数で連携して攻撃してくるようなことは少ない。


「一人で突っ走るな! 複数で連携して攻撃しろ!」と敵の分隊長らしき人間が叫んでいる。戦争では、指揮官を討ち取る首狩り戦術は極めて有効だ。ルードヴィヒは、分隊長の人間に狙いをつけ突進していく……まさに斬撃を放とうかと構えたところで、ようやく敵の分隊長はルードヴィヒに気付いた。彼は、二十代前半くらいに見え、チャクラも開いておらず、剣術の腕も初心者とみた。


 そこでルードヴィヒは一瞬ためらった。敵とはいえ相手は人間だ。いきなり命を奪うのではなく、戦闘を継続できない程度の負傷を追わせればいい。そう思って彼の左腕を切り飛ばすべく右手の斬撃を放とうとしたとき……彼は意表を突く反応をした。右側に避けるのではなく、逆に左側へ体を寄せてきたのだ。おそらくは、ルードヴィヒが双剣であり、どちらから攻撃がくるかわからなかったので、山を張ったのだ。

 結果、予想が外れたということなのだろう。ルードヴィヒはとっさに体を直撃しないように調整したが、斬撃は彼の首をかすった。結果、それは彼の頸動脈を傷つける結果となり、首から大量の血が噴き出した。


「あーっ!」と狼狽(ろうばい)して叫びながら、分隊長の彼は首を手で押さえているが、その程度で血が止まるはずもない。つまりは、誰かが早急に応急手当をしない限り、彼の死は確実だということだ。


 その様子を見て、ルードヴィヒはぼうぜんとしてしまった。そして、自分が震えていた理由を悟った……(人を殺すっちぅことは、こういうことけぇ……)


 考えてみれば、リーゼロッテをオークの群れから救ったときも召喚術士を殺している。しかし、あのときは距離が離れていて実感が湧かなかった。こうして人が死んでいく姿を目の当たりにするというのは、精神的にこたえることを実感した。自分の心の深層では、そのことをためらっていたのだ。が、それがわかったところで、心の切り替えなどやすやすできるものではない。

お読みいただきありがとうございます。


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