第15話 アウクトブルグへ
この世界には冒険者という職業がある。
魔獣の討伐や薬草の採取といった役務を請け負い、その報酬で生計を立てる者たちのことである。
冒険者たちは、自負を込めてその役務のことを"冒険"と呼んでいる。
冒険者の仕事をするには、職業別 組合の会員となることが必要だった。これは冒険者に限ったことではなく、他の職業でも同じである。
冒険者ギルドの会員は、その実績に基づきランク分けがなされる。そのランクによって、請け負える仕事などの扱いに雲泥の差があった。
ルードヴィヒは、"森"で狩った魔獣素材の売却を目的として、冒険者ギルドの会員となっていた。会員価格で有利に買い取ってくれたからだ。
最寄りの町までリーゼロッテを慎重に運ぶと、念のため10日間療養させることにした。
翌日。
リーゼロッテが目を覚まし、ルードヴィヒのところにお礼に来たとき、彼女は照れて顔が赤くなっていた。
「あのう……この度は……なんとお礼を申し上げてよいやら、感謝の言葉もありません」
ルードヴィヒもつられて照れてしまう。
「いやぁ……おらにできることをしただけだんなんが……」
ルードヴィヒは、ついいつものごとく方言で喋ってしまったことに気づいていない。
それを聞いたリーゼロッテは、意表を突かれ、目が点になった。
(この方言は……何? あの完璧な標準語はどこへいったの? でも、これはこれで親しみが湧くかも……)
リーゼロッテは、なんだかほっこりした気持ちになっていた。
翌日もリーゼロッテはルードヴィヒの部屋を訪問した。
「このいただいたお薬は見たことがないのですけれど、とても高価なものなのでは?」
ゲルダのときと同様、ルードヴィヒはリーゼロッテにサルファ剤を飲むことを勧めていた。
「こらぁ婆さが作ったもんだすけ、タダみてぇなもんでぇ。気にしねぇでええよ」
「そうですか、安心しました」
……と口ではいいつつ、リーゼロッテは内心不安が打ち消せないでいた。
("お婆さま"って幻の大賢者様のことよね……やはり貴重なものなのでは……)
実は、サルファ剤は聖ロザリオ商会が独占販売している極めて高価な薬だとリーゼロッテが知るのは、後のことである。
そして……
「……………………」
話題が続かない。
ルードヴィヒは、かなり無口なたちであるが、これは気難しいというようなことではなく、おおらかでゆったりとした性格なためであった。
だが、リーゼロッテは不安になってしまった。
顔があまりにも整っているせいか、黙っていると怒っているようにも見えてしまう。
(私の訪問が煩わしくて、気分を害しているのかしら……)
リーゼロッテは思い切ってディータに相談してみることにした。
ディータは、さすがに年の功であった。
「ああ。それは……シオンの町の男性は"自由伸び"な者が多いのですよ」
「"じょんのび"って?」
「正確に説明するのは難しいのですが、長閑なというか、ゆったりのんびりしているというか……そんな感じです。泰然と構えているので、会話が続かないと不安に思うような小者ではないということですよ」
「なるほど……さすがはディータね」
「いえ。それほどでは……お嬢様のお役に立てたのなら本望です」
以来、リーゼロッテは、毎日、ルードヴィヒが泊る部屋を訪れていた。
相変わらず会話は続かないが……
(そう思ってみると、確かにディータの言ったとおりね)
リーゼロッテが話題を振ると、素っ気なさはあるものの、ちゃんと相槌は打ってくれる。
「そらぁそうだのぅ」
たったそれだけの言葉に、リーゼロッテは嬉しくなって、思わず微笑んだ。
リーゼロッテは、ルードヴィヒの傍らでゆったりと過ごす時間がしだいに好きになっていった。
◆
リーゼロッテに合わせて宿を選んだため、現在逗留している宿は町一番の高級宿だった。
1人1泊300ターラーもする。日本円で3万円くらいの感覚である。
想定外の出費で、このままだと路銀が尽きることは目に見えているので、ルードヴィヒは資金調達をすることにした。
ついては、冒険者ギルドへと向かう。
町の人に尋ねると、冒険者ギルドはすぐに見つかった。
手近にいた職員に声をかける。
「魔獣素材を売りてぇがぁども……」
聞きなれない方言に、職員は一瞬戸惑ったが、「売却ですね。あちらが売却カウンターです」とすぐに場所を示してくれた。
売却カウンターでは、男性職員が対応していた。小太りで中年のおじさんで、あまり風采が上がらない感じだ。
「売却ですね。では、会員カードをご提示ください」
「おぅ。わかったっちゃ」
カードを見て職員の片方の眉がピクリと上がった。
(なんだ、よりにもよってEランクかよ……)
会員のランクはAを頂点にEランクまであった。このほかに顕著な業績を上げた者はSランクの評価がもらえるようだが、これは例外的なもので、相撲の横綱のような扱いだった。「S」は、もちろんスペシャルの「S」である。
シオンの町では自給自足的な生活だったので、魔獣討伐も薬草採取も町の住民が協力してこなしていた。
冒険者ギルドはあったが、このためにクエストの発注はほとんどなく、ほぼ買取りが専門というのが実情だった。
ルードヴィヒも狩った魔獣素材を会員価格で買い取ってもらうために会員になったに過ぎず、そもそもランクを上げる余地はなかったのだ。だが、目の前の男は、そのような事情を知る由もない。
「それで何をお売りいただけるので?」
ルードヴィヒは、パッと見では、荷物を持っているように見えない。
「ここじゃあちっとばかし狭ぇのぅ」
「では、倉庫にご案内します」
(外から運び込むつもりか?)
職員は、不審に思いながらも、ルードヴィヒを倉庫に案内した。
「う~ん。ここなら、なんとか……」
ルードヴィヒは、ストレージから道中で狩ったエラスモテリウムを取り出した。
「ひえっ!」
突然に目の前に現れた全長5メートル、全高2メートル、体重5トンを超える巨体を見て、職員は仰天して腰を抜かした。
「こ、これはもしかしてエラスモテリウムですか?」
「おぅ。そうだども……」
「このような貴重な魔獣をいったどこで?」
「道中の森で狩ったっちゃ」
「……といいますと、どこの森で?」
「シオンの町からちっと下ったとこの森だども」
「シオンの町……って、まさかあの"地獄森"ですか?」
「なんでぇそらぁ? "森"は"森"だっちゃ」
それからギルドは上を下への大騒ぎとなった。
エラスモテリウムのような貴重で高価な魔獣を扱ったことがなかったからだ。
ずいぶんと待たされたが、エラスモテリウムは大金貨2枚、20万ターラー(2千万円相当)で売れた。
大金貨など通常は魔獣売買で使うことはない。が、ギルドには大口の決済用にかろうじて2枚保管してあった。これを見てギルド長は、ホッと胸をなでおろしていた。
◆
10日間があっという間に過ぎ、アウクトブルグへ向けて出立しようとしたとき、ディータに懇願された。リーゼロッテの意向を受けてのことだとは、ルードヴィヒは知らない。
「恥の上塗りでたいへん申し上げにくいのですが、護衛騎士も3名に減ってしまいました。行先も同じことですし、アウクトブルグの町までご同行願えないでしょうか?」
「ああ。ええよ。何も問題ねぇすけ」
途中の道のり、30人規模の武装した盗賊に襲われるというおまけはついたが、所詮は戦闘の素人である。ルードヴィヒたちや護衛騎士たちの前では敵ではなかった。
そして、アウクトブルグの町が近づいてきたとき、小高い丘の上からアウクトブルグの町が一望できた。
「あれがアウクトブルグの町けぇ。豪儀(凄く)でぇっこいもぅさ……」
ルードヴィヒは、初めて見る大都会の規模の大きさに驚きを禁じ得なかった。
いよいよアウクトブルグでの生活が始まる。
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