第127話 対陣(2)
単純横陣どうしが正面対決とすれば、数的にも、兵士の身体能力的にも皇帝軍が有利だし、森林で召喚術士が亜人等を召喚し伏兵とする算段があったわけだから、これに否定的な追加情報がない限り、皇帝軍の指揮官は、むしろ大公軍が己の術中にはまったと解釈するだろう。
人には、都合のいい情報を好み逆を嫌う心理的傾向があり、これを認知バイアスの中でも"感情バイアス"という。これから逃れるには判断をする指揮官自体がバイアスの存在を意識して回避することが不可避であるが、それ自体が難しいものである。
今の構図は、まさに敵指揮官が感情バイアスに陥りやすい状況にあるわけだ。
このため、大公軍の作戦の成否は、自軍左翼後方に隠した予備戦力を発見されないこと、また、森林で伏兵を召喚するはずの召喚術士は既に潰されていることを気づかれないようにすることが大前提であり、このため敵斥候を潰すことが必須である。
大公軍の斥候は、ハンペル大将の命を受けて、敵斥候の発見・排除に動いているところであり、その意味では、斥候どうしの情報戦という形で既に戦端は開かれているとも言える。
ルードヴィヒは、ヴィムとリヒャルダに指示を出していた。
「大公軍の敵斥候潰しを支援するように動いてくれるけぇ」
「御意」
そして、セイレーンたちにも……。
「皇帝軍の斥候を発見したら、排除してくれねえけぇ」
これに対して、イリーネが念を押した。
「わかったわ。やり方は、私たちの好きにしていいのよね?」
(ここは緊急事態だすけ、しゃあねえのぅ……)
「おぅ。構わねえぜ」
「ありがとう」
ルードヴィヒは、あまり想像したくなかったのだが、セイレーンたちが言わんとしていたところは、”敵斥候を食い殺していいか”ということで、おそらく間違いはないだろう。
◆
ヴィムとリヒャルダは、平原の草むらなどに身を隠しながら、敵斥候の姿を探した。
二人は、斥候が通りそうな身を隠せる場所に当たりをつけながら索敵していく。
すると、前方に二人組の敵斥候を発見した。幸い、相手にはまだ気づかれていない。
そのまま気配を消しながら敵に近づき、10メートルほど離れた草むらの中からヴィムが毒針の付いた吹き矢を飛ばした。
吹き矢は音もなく飛び、斥候の一人の背中に命中した。
たちまち、毒が回り、命中した男が苦しみだす。
「クゥッ……ヒッ……ヒッ……アガッ……」
もう一人の男は当惑した表情で見つめる中、男はそのままばたりと倒れ、絶命した。
残された1名の男は、必死に周りの気配を探っている。
ヴィムがリヒャルダに無言で頷いて合図を出すと、リヒャルダはわざと音をたてて男の前に姿を現わした。手には短刀を構えている。
男がリヒャルダに警戒して、戦闘態勢をとろうとしたところを、背後からヴィムが毒を塗った投げナイフを投げつけると、男の背中に見事に刺さった。
たちまち、毒が回り、命中した男が苦しみだす。
「アガッ……クゥッ……ヒッ……ヒッ……」
程なくして、男は絶命した。
結局、ヴィムとリヒャルダが倒せたのは、この一組だけだった。
やはり、地上からの索敵で、効率よく斥候潰しをするというのも難しい。
◆
セイレーンたちも同じく敵斥候を探していたが、平原の草地の陰に隠れたところで、上空から見たら一目瞭然だった。
彼女たちは、歓喜して歌った。そして、歌声で魅惑された敵斥候たちは虚ろな目をしながら、セイレーンたちに食われていく。
セイレーンたちは、10人いる。
戦場周辺には、セイレーンに喰われる歓喜に満ちた悲鳴のような声があちこちから聞こえた。
◆
こうして、おそらくは情報を隠し通せたと思われる状況のまま皇帝軍が動き出した。
まさに、一切の小細工なしに、全軍が一気に突撃してくる。
これに対して、ハンペル大将は、命令をくだす。
こちらも全面突撃で受けて立つのである。
「Rush-Angriff!」(突撃!)
ハンペル大将の命令を受けて、突撃を知らせる銅鑼が鳴らされ、大公軍も敵に向かって突撃していく。
予備戦力である第6大隊に属するルードヴィヒの班は、自軍左翼の後ろに隠れながら前進していく。
だが、ルードヴィヒは、いつにない奇妙な感覚に襲われていた。
(何か体の感覚がいねえだのぅ……なじょしたがぁろか?)
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