第126話 軍議(1)
戦闘陣形には、いろいろと種類がある。
最も基本となる陣形が、単純横陣で、前面の敵に対して、広く薄く均等に攻撃・防御をする形である。
これに対して、単純縦陣は、狭い範囲に戦力を集中した攻撃的な陣形である。
防御に徹するものとしては、ロの字型や円形に陣を組み、四方の敵に備えるという防御重視の陣形もある。
古来の陣形を見てみると、古代ルマリアに先行するキリシア諸国において採用されていた”ファランクス”という密集陣形が有名である。
これは、手持ちの大盾を、最前列の兵士は前面に、後列の兵士は上方に並べ持ち、槍をその隙間から出して戦う形で、正面戦闘では無類の強さを発揮した。
が、緊密な密集隊形であるために、柔軟性や機動性に欠け、側面を突かれると脆いという弱点を持っていた。
斜行陣は、ファランクスを崩壊させるために編み出された陣形で、ファランクスに対抗するため、自軍の最左翼=敵軍の最右翼に兵力を集中し、横陣の戦力配分に傾斜をつけたものである。これによりファランクスの右側面へ回り込むことを狙った。
古代ルマリア時代においては、”レギオー”という横3列に並ぶ陣形が好まれた。
その特徴は、隊列の柔軟さで、散開による包囲殲滅への移行や、兵士の入れ替えによる持久力にあるが、突破力が弱いという難点があり、投槍、弓兵と投石兵の射撃、工兵による投石器や”バリスタ”という据え置き式大型弩砲による援護によって補強した。
古代エウロパで用いられた”テストゥド”という陣形は、大盾を装備した歩兵が密集隊形を組み、最前列の兵士が前面に、後方の兵士が盾を掲げた状態で行軍することで、弓矢や投石などの飛び道具に対して高い防御力を発揮した。
が、これも密集体型であるが故の機動力の低さや白兵戦への速やかな移行が難しいなどの短所があった。
ここ最近のエウロパ地方においては、騎士道の普及に伴い、戦争は決闘の延長と見なされたことから、敵に対し正々堂々と挑むことが美徳とされたため、凝った陣形は好まれず、単純横陣が常識となっている。
敵から数キロ離れた地点で大公軍の行軍は一旦停止された。
ハンペル大将は、大隊長以上の幹部を集め、軍議を開くことにした。
まずは、副官のマテウス・フォン・ブラウビッチュ少将から、斥候による索敵結果の報告がなされた。
それによると敵の数は、騎兵が1,000、歩兵が10,000の計11,000で、最右翼と最左翼に騎兵を配置した単純横陣を組み、大公軍の到着を待ち構えているということだった。
問題は、その配置場所なのだが、なんとウェザー川を背にした、いわゆる” 背水の陣”となっているということである。
これは、一方の逃げ場を完全にふさがれた不利な場所に陣取っているわけで、兵法の常識的には、にわかには理解し難い。
鷹の爪傭兵団のヴァレンタイン総長は、真っ先に指摘した。
「仮に、敵正面に陣を組むとすると、背後に森林を抱える形となりますが、こちらに伏兵が隠されているのでは?」
「もちろん、それは誰でも疑うところですが、斥候を放った限りでは、森林での伏兵の存在は確認されておりません」
……とブラウビッチュ副官が当惑気味に答えた。
「すると、敵の意図は、知能の低い亜人たちを、あえて後退不能な窮地に追い込むことで、戦意を奮起させようという意図くらいしか考えられませんな」
ヴァレンタイン総長が、再び発言した。
ここで、ハンペル大将が口を開いた。
「わしも、ブラウビッチュと議論しながら考えたのだが、それくらいしか思いつかなかった。案外、そういう単純な結論なのかもしれぬ」
「これまで皇帝軍は、不意打ちなどをさんざん行ってきた前科があります。今更、正面から正々堂々などということがあるのでしょうか?」
鷹の爪傭兵団第6大隊長のマルセル・ラポルダー少佐が疑問を口にした。
確かに、それは誰もが疑問に思うところで、これを代表して言った形だ。
「伏兵がいないとなると、敵の方が森林を背に陣取っていれば、まだ理解はできるだのがな……」
ヴァレンタイン総長が、誰に言うにでもなく、呟いた。
しばらく、誰からの発言もなく、沈黙が流れる。
ブラウビッチュ副官が沈黙を破る。
「他にご意見がないようでしたら、総括に入らせていただきますが……」
「……………………」
誰もが積極的には発言できる空気ではない。
「これまでの皇帝軍のやり口から見て不安があるのはごもっともですが、我々としては、斥候からの報告を信じるしかありません。将軍。いかがでしょうか?」
「確かに、貴官の言うとおりだな」
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