第124話 軍編成
この世界では、ここ数百年で発達してきた騎士道の考え方と相まって、戦争は騎士どうしの決闘の延長のようなものとみなされるようになっていた。
この場合の戦術はというと、騎馬突撃戦法一点張りが一般的だった。
騎士は騎士道精神に誇りを持ち、プライド高い者が多い。戦争中であっても、相手が騎騎馬突撃してくれば、こちらも正面から正々堂々と騎馬突撃で応じるのが礼儀と考えられた。
騎馬突撃の主力となるのは騎士であるが、騎士は従卒(盾持ち)を筆頭とする従者を引き連れており、これらも重要な戦力である。
従卒は、騎士の直属の戦力として騎士を支える従者であり、下士官的な存在として兵を指揮するほか、主人の武具の管理なども行う。
有能・勇敢な庶民、農民、農奴などで騎士を目指す者は、7歳頃に貴族子弟のもとで小姓となり、見習いとして行儀作法などを学び、14歳頃の成人を過ぎてから武技を磨くのだが、従卒となり、更には騎士にふさわしい技量に達するのも難しく、一生を従者として終わることも珍しくはないことだった。
必要な技量を身に着けた者は、最終的に、礼拝堂で夜を徹して祈祷してから、叙任式で主君から叙任を受ければ騎士となれるのだが、これには教会への心付けや祝宴などの多額の費用を要することから、技量があっても、貧しさから叙任を受けられないものもいた。
貧しいものの中には、騎士になることを諦め、傭兵となる者も多い。
そんな茨の道でありながらも、男に生まれたならば騎士になりたいというのは、この世界の男のロマンであり続けている。
今回の出陣における総指揮官であるドミニク・フォン・ハンペル大将は、決戦地と推定される地域への行軍中、随時寄せられる斥候からの報告を受けながら、戦術を考察していた。
皇帝軍に送り込んだDer Geheimdienst des Großherzog(大公の秘密機関)のネズミからの情報によると、敵は長期の行軍を嫌い、地形的に有利な地で大公軍を待ち構える予定だという。
その場所は、ドイチェ地方北部にあるザクセン公国を流れるウェザー川の河畔であることが想定される。
戦争は騎士どうしの決闘の延長であるから、戦争は、日時と場所を指定して行われるのが、本来の礼儀である。
が、現皇帝の皇帝軍は、このようなルールをことごとく無視し、奇襲などをやり放題だった。
ブラバント公国が挙兵した直後、破竹の勢いで連勝したのも、これが理由の一つでもあった。
しかし、大公軍も無能ではないから、奇襲をも視野に入れた戦略を講じるようになると、ブラバント公国軍も、単純に連勝とはいかなくなった。
また、占領地域が広くなるにつれ、兵站の構築も困難となる。もともと経済的基盤の弱いブラバント公国では、広大な占領地域を維持するのも一苦労だった。
決戦地と予想されるザクセン公国は、その領土の過半をブラバント公国に占領され、同国大公アルブレヒトⅠ世・フォン・アスカーニエンは、苦渋を飲んで皇帝の軍門に下らざるを得なかった。
一方で、同国領内で自治権を与えられているベレメンなどの帝国自由都市は、バンベルクなどの同盟都市の支援を受けながら、皇帝軍に対抗して頑強に抵抗していた。
収集された情報を総合すると、皇帝軍の構成は、前評判どおり、半数以上が亜人種で構成されるようだ。
その内訳の詳細は不明であるが、亜人種のなかでも、ウォーゴブリン、オーク、サイクロプス、トロールなどは、人間よりもかなり知能が劣るため、ハンペル大将は、手の込んだ作戦行動は無理だと踏んでいた。
一方で、亜人種は膂力などの身体能力において人間を凌駕するから、おそらくは、その身体能力にものを言わせて、正面からの力押しでくるだろう。
ハンペル大将は、そのように戦況を読んでいた。
◆
今回の大公軍の構成は、歩兵6,000、騎兵2,000の計8,000で、うち3,000を鷹の爪傭兵団の歩兵1個連隊が占めていた。
騎兵と歩兵3,000は騎士とその従者たちである。騎士道精神を貴ぶ彼らは、相手の多くを騎士ではなく、正々堂々などということを全く考慮しない亜人が占めると聞いて、その心理は複雑なのではないだろうか。
その意味では、もともと報酬が目当てであり、正々堂々などという矜持を持ち合わせていない傭兵たちの方が心の内は割り切れているだろう。
傭兵団連隊の指揮は、今回の戦いの重要性に鑑み、総長のワレリー・フォン・ヴァレンシュタインが当たることにしていた。また、その子であるミヒャエルも軍師見習いとして随行している。
この連隊は、各500の6個大隊から構成され、大隊は各100の5個中隊で、中隊は各25の4小隊から構成される。
魔導士や魔術師は、絶対数が少ないため、各小隊ごとに数名が割り当てられることになっている。
小隊はさらに各分隊から、さらに分隊は各班から構成されるが、分隊・班の数にはバラツキがあった。
ダリウス、ローレンツ、ルーカスの3羽烏は、それぞれ軍曹に昇進しており、各1個分隊を任されている。
ルードヴィヒは、1班を率いる伍長として、今回の戦争に参加することになっていた。
◆
班を任せられるに当たって、ルードヴィヒは、メンバーの人選について考えた。
班は、通常は、4~6名程度の人数で構成される。
冒険者パーティとして知り尽くしたニグル、クーニグンデ、ルークスは当選として、あと1、2名構成員が欲しいところであるが……。
自室で考えていると、ふと大型の狼の姿で惰眠を貪るフェルディことフェンリルが目に入った。
(たまにぁ、こいつにも働いてもらわんばのぅ……)
「なぁ。フェルディ。いつも寝ってばかりでねくて、たまにぁ働かんけぇ?」
するとフェルディは、面倒臭そうに片目だけ開けると言った。
「主殿。我に働けというからには、何か面白いことでもあるのか?」
「今度戦争があるすけ、おめぇも一兵卒として参加してもらいてえぇがぁだども」
「戦争と言うと人間同士の殺し合いのことだな?」
「まあのぅ。亜人もかなり混じってるみてぇだがのぅ」
「ほぅ。それは面白そうだ。人型に変化した姿にも慣れておきたいし、参加させてもらおうか」
「そんだば、よろしく頼むんだんなんが、おめぇ武器は使えるんけぇ?」
「我は小細工を好まぬ故、単純に力で相手をぶちのめせる丈夫な武器があるといいのだが」
「そりじゃあ、ローレンツさんが使っとるモルゲンスタインなんでどうでぇ。あれなら丈夫だすけ、簡単にぁ壊れねぇろぅ」
「ローレンツ……というと、家政婦長の腰巾着の大男か。すると、あのトゲの生えた鉄塊のことか?」
「おぅ。それだがんに」
「それも悪くないが、もっと力が活かせる武器はないのか?」
「んーん。そりじゃあ、戦槌(Kriegshammer)なんてどうでぇ。これでぶったたけば、鉄の鎧も一発でひしゃげるすけ」
「なるほど。ならばそれがよかろう」
「そんだば、聖ロザリオ商会のロマンさんに頼んで取り寄せてもらうども、でっこいがぁがええろぅ」
「そうだな。大きい方がいいだろう」
「そりじゃ、そうするすけ」
戦槌(Kriegshammer)は、英語でウォーハンマーといい、先端の尖った柄に槌頭が取り付けられているが、槌頭の反対側はピック状になっている。
槌頭で叩くという本来の使い方に加え、ピック部分により刺突武器的な使い方もできるし、尖った先端を槍のように刺すこともできる。
こうしてフェルディの参加が決まったが、彼にとって、パーティへの初参加が戦争ということになったわけだ。
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