第123話 出征(4)
途中、リーゼロッテと視線が合った。
(あなたも彼の胸で泣けるものなら泣いてみなさい)
リーゼロッテには、そういう声が聞こえた気がした。
(私はあなたみたいに泣いたりしないわ、もっと大人な淑女の対応をするのよ!)
……とリーゼロッテは、心の中で決意する。
そして、ルードヴィヒに言葉をかけた。
「ルード様。お体をご自愛されて、無事に帰ってきてくださいね。私からは、これをお預けしておきます」
……と言うと、リーゼロッテは金色に光る五芒星のブローチを差し出した。
「ロッテ様。こらぁ……」
「私が愛している人から初めていただいたプレゼントです。私の一生涯の宝物ですので、必ず返してくださいね」
ルードヴィヒは、五芒星のブローチをしげしげと眺めてみた。
が、蓄積されているマナの量が半端ない。
さすがに、伝説級の神器とまではいわないまでも、この短時間でこれほどのマナを蓄積させるとは、どれだけ愛おしんでくれていたのか想像を絶する気がした。
(そっけに豪儀大事にしとってくれたがぁろか……)
実は、マナは、魔力の基となる魔素よりも霊的波長が高いため、魔導士ですら、ほとんど感じることができない代物だ。規格外の霊感を持つルードヴィヒだからこそ、マナの蓄積量を感じることができたのだった。
(また、ああいうことがあるかもしれんすけ、持っといてもらわんと困るがぁどものぅ……だども、ロッテ様の心遣いを無碍にはできねぇし……まあ、しゃあねぇか……)
ルードヴィヒは、右手で受け取ったブローチを見るふりをしつつ、物体引き寄せの魔法で、左手に一握りの金を取り寄せると、土魔法を使って、右手のブローチとまったく同じ五芒星の形に成形し、手に握ったまま、光魔法で魔除けの効果を付与した。もともと五芒星は魔除けの効果を持っているが、前回以上にこれを強化した。
その際に、神聖な光を発するのだが、今回は強力な魔除け効果を付与したので、少しばかり光が漏れたのが見えたかもしれない。
「そんだば、ロッテ様には、替わりにこれを持っといてくれるけぇ」
ルードヴィヒは、左手から金色に光り輝く五芒星のブローチを差し出した。
「ルード様。これは!?」
リーゼロッテには、すぐに違いが分かった。
なぜなら、彼女は毎日真鍮のブローチを磨いているからだ。真鍮をどんなに磨いたところで、本物の金の輝きにはかなわない。
「おらがいねぇ間に、また薔薇十字団とやらに狙われたら困るすけのぅ。前におら家に来たときに言ったろぅ。おらがロッテ様を守るって……」
リーゼロッテには、金色に輝くブローチをそっと受け取った。
だが、泣くまいと思っていたのに……。
リーゼロッテの目から、大粒の涙がポロポロと流れた。
リーゼロッテは、感極まってしまい、なりふり構わず、ルードヴィヒに抱きつくと、胸に顔を埋め、大声をあげて号泣した。
「あぁぁぁん……ルード様ぁ……グスン……絶対に無事で……グスン……グスン……帰ってきて……グスン……くださいね……グスン……帰ってきて……グスン……私の宝物を……あぁぁぁん……返してくれないと……グスン……許さないんだからぁ……あぁぁぁん……わぁぁぁん……」
ルードヴィヒは、リーゼロッテを抱きしめながら、赤ん坊をあやすように背中をゆっくりトントンと叩いた。
人というものは、こうやってリズムを取ってあげると、興奮して早まった心臓の鼓動が落ち着いてくるものらしい。そこは、赤ん坊と同じことだ。
そうして、ようやくリーゼロッテが落ち着いてきたとき、見かねたシャペロンがハンカチを差し出した。
リーゼロッテは、それを受け取り、ハンカチで涙や鼻水を拭き取ったが、お化粧も崩れてしまい、酷いことになっている。
こんな顔は見せられないと、シャペロンが慌ててリーゼロッテを連れていく。
リーゼロッテは、後ろを振り向きながら、「絶対ですよ、絶対無事に帰ってきてくださいね」と何度も繰り返していた。
それを見送って、ルードヴィヒは、ホッと一息ついた。
(なんか、えっれえ大袈裟んことになっちまったのぅ……)
そこに、ダニエラがアレクサンドラを抱いてやってきた。
ルードヴィヒは、アレクサンドラにキスをし、頬ずりをすると呼びかけた
「サンディさん。お父つぁは寂しいがぁぜ」
アレクサンドラは、ちゃんと見えているのかいないのか、ルードヴィヒの顔をじっと見ていたが、ニコリと笑った。
「ああっ。サンディさん」
ルードヴィヒは、たまらずアレクサンドラに再びキスをして、頬ずりをする。
「旦那様。もう、そのへんで……」
ダニエラが、申し訳なさそうに言った。
「おぅ。そうだのぅ。あんますると、泣いちまうすけ」
そして、ダニエラの唇にキスをした。
彼女は、既にルードヴィヒの愛人として知れ渡ってしまっているので、衆人環視の前でも躊躇うことはなかった。
「旦那様。ご無事で……」
ダニエラは、冥界でルードヴィヒの強さを嫌というほど目にしていたので、さほど不安は感じていなかったが、戦は水物である。そのときの条件によって変わりやすく、予想しにくいため、万が一ということもあり得る。
だが、ダニエラは、その秘めた不安を言葉にすることはなかった。
マルグレットも物欲しそうにしていたので、ルードヴィヒは、手を広げて彼女を招く。
躊躇いながらも、彼女は抱きついてきたので、抱きとめると、その唇にキスをした。
彼女は、真っ赤になって、照れている。
公衆の面前でルードヴィヒとキスをするのは初めてだったからだ。そして、それは彼女がルードヴィヒの愛人であると公言したに等しい行為だと感じた。
さらに、残るメイドたち全員と抱擁をかわした。
最後に、残る男性使用人たちとガッチリと握手をした。
ルードヴィヒはルディに言った。
「屋敷で一番強ぇがんはルディだすけ、しっかり守ってくれや」
「Zu Befehl mein Gebieter」(おおせのままに。我が主様)
ちなみに、ここに姿のない、ヴィムとリヒャルダは、諜報活動方面でルードヴィヒを支援するため、既に出発していた。
見送りの者が帰り、やっと落ち着いたところで、ルードヴィヒは独り言ちた。
「初陣っちぅことで、不安がねぇと言えば嘘になるども……。
まあ……Es kommt wie Es kommt……」(なるようになるさ……)
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