表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

231/259

第123話 出征(2)

 皇帝軍カイザーリッシェ・アルメーと大公軍の争いはこれまで拮抗(きっこう)しており、一進一退を繰り返しながらも、大公軍が若干押し気味で推移していた。


 もともとが、皇帝アンリⅠ世・フォン・レギナーレが統治していたのは、下ロタリンギア、すなわちロートリンゲン公国のうちのライン川下流部に位置するブラバント公国一国のみである。毛織物産業が盛んな地域ではあったが、所詮(しょせん)は一国では経済的基盤も弱かった。

 形式的には、下ロタリンギア公爵の位も持っていたが、これは多分に名誉称号的側面が強く、下ロタリンギア諸侯に号令するような権威は伴っていない。


 このような状況であるから、教皇イノケンティウスⅢ世も傀儡(かいらい)化を狙って当時のブラバント公であったアンリⅠ世を支持したわけである。


 結果として、戦争が長期化するに従い、ブラバント公国や占領地域は、重税を課せられた結果として疲弊(ひへい)していった。


 それでも、戦争がここまで維持できたのは、フラント王国の西方海上にある島国であり、エングランド王国を盟主とする連合王国の支援があってこそであった。


 連合王国は、大陸侵攻を狙ってフラント王国と争っており、戦争や婚姻(こんいん)政策という硬軟合わせた政略の結果として、フラント王国西部の特定地域を実効支配するに至っていた。


 そして、連合王国は、フラント王国をその東側から帝国に牽制(けんせい)させるため、帝国を支援したのである。


 これと対立する大公フリードリヒⅡ世は、この動きに対抗するため、フラント王国との連携を強めていた。


 しかし、そのときは、突然やってきた。


 ここ最近皇帝軍カイザーリッシェ・アルメーが、突然増強され、大公軍が連戦連敗の状況となっていた。


 その増強された部隊は犬人族、豹人族(ひょうじんぞく)牙狼族(がろうぞく)人狼(じんろう)、リザードマン、ドラゴニュート、ウォーゴブリン、オーク、オーガ、サイクロプス、トロールなどの亜人種が中心となっていたが、その出所は、Der(デア) Geheim(ゲハイム)dienst(ディンスト) des(デス) Großherzog(グロスヘルツォグ)(大公の秘密機関)でも総力を挙げて調査しているものの、不明な状況となっていた。


 とにかく、戦況をこれ以上悪化させることはできないということで、大公軍の増強が急遽(きゅうきょ)決定され。

 鷹の爪(ファルケン・クラーレ)傭兵団からも6大隊から構成される1個連隊3,000名の動員が大公より要請(ようせい)された。


 若手3羽(からす)である、ダリウス、ローレンツ、ルーカスは当然にこれに参加することになり、予備役(よびえき)兵であるルードヴィヒたちにもお呼びがかかった。

 緊急事態ということで、学園もルードヴィヒに特別休暇を与え、戦争への参加を承認した。


 事態は急を要するということで、鷹の爪(ファルケン・クラーレ)傭兵団アウクトブルグ駐屯地で形ばかりの出征式が行われ、いよいよ出発の日がやって来た。


 傭兵たちの家族などが、見送りに来て、一時の別れを()しみ、用意したお守りなどを手渡している。


 ローレンツは、(ひと)り身であり、このような別れとは無縁と思っていた。


 ところが、見送りに来た女性がいた。

 カタリーナである。


 ローレンツは、感動のあまり、男のくせに涙が出そうになり、必死に(こら)えていた。


 だが、カタリーナの言葉は、愛の(ささや)きとは遠く隔たった辛辣(しんらつ)なものだった。


「あんたがいないと屋敷の仕事がと(とどこお)っちゃうんだからね。怪我(けが)をしないで、ちゃんと戻ってきなさいよ。これは家政婦長(ハウセエタリン)の命令なんだからね」

「わかったよ。でも、見送りに来てくれたのなら、お守りの一つもくれねえのかよ」


「あたしの腰巾着(こしぎんちゃく)分際(ぶんざい)で偉そうに……。あんたの魂胆(こんたん)なんかお見通しなんだよ。あたしとタダでやろうっていう蛆虫(うじむし)なんだろう。

 でも、もし無事で帰ってきたら、一生タダでやれる唯一可能な方法を教えてやるよ。それがお守り変わりだ」

「タダでやれる方法って……おまえ……」


(なんて不器用な女なんだ……女にここまで言わせるなんて……俺はなんて情けねえ……)


「とにかく、生半可な覚悟じゃあ一生やらせることなんてできないからね。帰ってくるまでに覚悟を決めときな」

「ああ。わかったよ。俺も男だ。中途半端なことはしねえ」


「とにかく命令なんだからね。あんたみたいな屋敷の三下(さんした)が逆らえるもんじゃないんだから」


 言葉とは裏腹に、カタリーナの目から一筋の涙が流れている。


「ああ。わかったよ。家政婦長様(ヘル ハウセエタリン)。もうわかったから……」


 これにはローレンツも狼狽(ろうばい)しておろおろしてしまった。


 思い切ってカタリーナを抱きしめて(なぐさ)めようとしたが、逆にカタリーナから、思いっきり(ほほ)を打たれてしまった。


「何するんだよ! このドスケベが! すべては無事に帰ってきてからだ!」


 そう言うなり、カタリーナはプイッと振り返り、去って行ってしまった。その後ろ姿を見ると、肩が震えていた。もう我慢がならず、泣き出してしまったのだろう。


 おそらくは、ローレンツが後ろ髪を引かれる思いをしないように、彼女は泣いている姿を見せたくなかったに違いない。それに、二人はまだ、素直に涙を見せられるような関係にはなれていないとも言えた。


 ローレンツは、今度の戦いばかりは、死ぬことが許されないと、武者震いをした思いがした。

お読みいただきありがとうございます。


気に入っていただけましたら、ブックマークと評価・感想をお願いします!

皆様からの応援が執筆の励みになります!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ