表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

230/259

第123話 出征(1)

「ほらっ! ちんたら掃除してるんじゃないよ! この屋敷は、ただでさえ部屋数が多いんだからね」


 家政婦長(ハウセエタリン)を任されているカタリーナは、メイド見習いであるゲルダを叱責(しっせき)していた。


「ご、ごめんなさい。すぐにやります」


 カタリーナの口調があまりにも厳しかったので、ゲルダは委縮(いしゅく)して涙目になっている。


 その後の休憩時間。

 カタリーナは、自己嫌悪に(おちい)っていた。


(ゲルダは、まだ見習いだから、一人前に仕事ができなくて当たり前なのに……何を八つ当たりしてるんだ、あたし……)


 カタリーナは、ルードヴィヒが、ローレンツにダニエラの警備を頼んで以来、彼と接する機会が激減していた。


(ついこの間まで、腰巾着(こしぎんちゃく)みたいに、あたしにひっついて回っていたのに……(てのひら)を返しやがって……気に入らないね……)


 だが、カタリーナ自身は、その苛立(いらだ)ちの根本的な原因に、まだ気付けていないのだった。

 ローレンツは悩んでいた。


 はっきり言って、ローレンツはカタリーナに心底()れており、ずっと前から本人はそれを自覚していた。


 実は、ローレンツは、カタリーナに母親を重ねて見ていた。

 彼の母は、女々(めめ)しくなくて清々しく、気風(きっぷ)が良い性格で、将軍の妻として、荒くれ者も多い軍人たちの面倒をみるうちに”(ねえ)さん”と呼ばれる存在になっていた。


 ローレンツは、腹芸などが一切できない不器用な性格で、人付き合いも下手だった。そんな裏表がない性格だけに、シャキシャキとした性格の母がとても好きだった。


(別に、マザコンじゃねえとは思うが……)


 ローレンツは、そう思っているが、母を性的行為の対象として見ていなかっただけで、父と喧嘩(けんか)して家を飛び出すまでは、精神的には母親にべったりと依存していた。


 そんな彼も、一人暮らしを始め、母がいない生活にようやく慣れたと思った矢先……。

 ローレンツは、黒猫亭でカタリーナに会ってしまった。


 一目惚れとまではいかないが、カタリーナに酒を注いでもらい、談笑するにつれ、たちまち彼女の気風の良さの(とりこ)となった。


 単に気風が良い女であれば、傭兵仲間やならず者の情婦の(たぐい)にもいることはいるが、彼女たちはどこか(すさ)んだ目をしている。彼女らには、ローレンツとしては違和感を覚えてしまう。

 ローレンツの母は、単に気風が良いだけではなく、性格も明るくて、周りを太陽のように照らしてくれるような存在だった。


 そんな一見して二律背反するような性格の母は、とても貴重な存在なのだと実感していた。


 だが、カタリーナは、まさに母のような明るい性格も持ち合わせている。

 娼婦という不幸な境遇にありながら、カタリーナは明るかった。そして、ローレンツは不器用なりに、それは商売のための演技に収まるものではないと本能的に感じ取っていた。


 そんなカタリーナにローレンツは夢中になった。

 黒猫亭へ頻繁(ひんぱん)に通い、カタリーナを指名しては相手をしてもらっていた。


 娼館であるから、行為そのものはもちろんするのだが、ローレンツは、それが終わった後に、カタリーナに膝枕(ひざまくら)をしてもらって甘えるのがたまらなく好きだった。


 彼が小さい頃、母に膝枕をしてもらいながら耳掃除をしてもらった記憶が鮮明に残っており、そのときの母の太腿(ふともも)の暖かくてやわらかな感触が忘れられなかったのだ。


 ローレンツのような強面(こわもて)の大男が甘える姿を見て、カタリーナは苦笑いをしながらも、許してくれた。

 もっとも、それは商売柄仕方なくやったことかもしれず、心の内では気持ち悪く思っていたのかもしれないが……。


 そして、ローレンツは、カタリーナを身請けしようと金を溜め始めた。といっても、娼館で散財しながらだと、溜めるのもままにならない。


 そうこうしているうちに、ルードヴィヒに先を越され、カタリーナを身請けされてしまったのだ。


 当初、ローレンツは、娼婦という不幸な境遇からカタリーナを救ってくれたルードヴィヒに感謝しており、(うら)む気持ちはなかった。


 ところが、ローレンツは、ジレンマに陥った。


 身請けという制度は娼館だからこそあるもので、メイドを身請けするなどという制度はない。

 仮に、ローレンツがカタリーナに結婚を申し込んで、彼女が承諾したとして、身請けした女を横からかっさらうような不義理をルードヴィヒに働いてよいものなのか?


 では、身請け金に相当する金をルードヴィヒに渡して清算すれば済む話なのかというと、そんな奴隷の人身売買のようなことはローレンツもしたくないし、ルードヴィヒも認めないだろう。


 ローレンツは、解決策が見つけられないまま袋小路(ふくろこうじ)に入ってしまった。


 そして、カタリーナに会えない寂しさから、ローゼンクランツ新宅に押しかけ、(なか)ば使用人のような顔をして、常時出入りするようなことになっていた。


 しかし、カタリーナへの思いは(つの)りこそすれ、袋小路に入った状況では、告白することもままならなかった。

お読みいただきありがとうございます。


気に入っていただけましたら、ブックマークと評価・感想をお願いします!

皆様からの応援が執筆の励みになります!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ