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第14話 死神

 死神。

 それは死を(つかさ)る霊的存在である。


 通常は骸骨(がいこつ)又はミイラが漆黒(しっこく)のローブを着た姿をしており、その手には大型の(かま)(たずさ)えている。


 人が死ぬと、その魂は肉体の外へと彷徨(さまよ)い出る。

 そのとき、霊魂は肉体の(へそ)の部分と(たましい)()でつながっているが、死神はその鎌で魂の緒を切断し、肉体と完全に決別させることを仕事としている。


 死の(ことわり)を統括する最高位の存在がサマエルである。

 彼は、堕天した大天使(アークエンジェル)であり、"邪視"の能力を持つ存在として人々からは畏怖(いふ)される存在となっていた。


 "邪視"は、一瞥(いちべつ)しただけで対象を麻痺(まひ)させたり、死に至らしめるといった害悪を与えることができるスキルである。

(まずは、この状況をなんとかしねぇばな……)


「おめぇら。()っちめぇ!」

「「承知!」」


 ルードヴィヒが号令するや、ニグルとクーニグンデは力強く返答すると、抜剣し、オークどもの群れに突進していった。

 いつものごとく、技は冴え渡り、ほぼ一刀のもとに切り捨てていく。


 ライヒアルトは、長弓を構えると、弱点である眼球を狙い撃ちしていった。オーク程度の体格なら、眼球に命中した矢は脳にまで達する。すなわち即死ということだ。


 生き残っている3名の護衛騎士たちも残された気力を振り絞って踏ん張っている。


 一方、ルードヴィヒはというと、千里眼(クレヤボヤンス)の魔法を使って、オークの増援が次々とやってくるからくりを看破(かんぱ)していた。

 オークの群れの背後に召喚術士が隠れている。その前にある魔法陣からオークが次々と姿を現わしていたのだ。


 複数の同時召喚ではなく、1人ずつ召喚していることからして、召喚術士は上級者という訳ではなさそうだ。


(まずぁ、奴を始末しねぇと始まんねぇ)


 召喚術士のいるところまで500メートルはあったが、ルードヴィヒは構わず岩弾(ロックバレット)の魔法を発動した。

 こぶし大の岩塊が召喚術士めがけて飛んでいく。


 さらに、ルードヴィヒは念動力(サイコキネシス)の魔法で放たれた岩塊を加速させていく。岩塊は級数的にその速度を増し、召喚術士に命中するころには亜音速に達していた。

 岩塊は召喚術士の頭部に見事命中し、その頭は爆散した。

 頭部を失った遺体が、ゆっくりと倒れていく。


(問題は、こっちをどうすっかだが……)


 視線を向けると、ディータが「お嬢様(ヘル フロイライン)……」と声をかけながら滂沱(ぼうだ)の涙を流していた。

 リーゼロッテの呼吸は止まり、心臓の鼓動も停止している。


 ルードヴィヒには()えていた。

 死の臭いを嗅ぎつけて、地獄の亡者どもがリーゼロッテの体に寄ってきている。

 そして、その背後には髑髏が漆黒のローブをまとい、大鎌を手にしている姿があった。


(ちっ。やっけぇな奴が来やがったぜ。だが、魂の緒はまだ切れちゃいねぇ。こうなったら、一か(ばち)かだっちゃ)


「ルークス。後は頼まぁ」

「はい。(ぬし)様」


 すると、ディータの視界からルードヴィヒの姿が忽然(こつぜん)と消えた。


 死神のような霊的存在には、現実世界から物理的な干渉を行うことができない。ルードヴィヒは、死神たちをなんとかするために、空間の位相を意図的にズラしたのだ。


 ルードヴィヒは、具体的なことは命じなかったが、そこは心得たもので、ルークスはリーゼロッテの体に駆け寄ると、心臓マッサージを始めた。こうして脳に血液を循環させておかないと、蘇生したとしても後遺症が残る危険があるからだ。


 そしてリーゼロッテに口づけをすると、息を吹き込んだ。

 ルークスのような美女がリーゼロッテのような美少女に口づけをする構図は背徳的に見える。が、今はそんなことを言っている事態ではない。


「き、君。いったい何を……」


 弱々しい声でそう言いながら、ディータはルークスの様子を放心状態で眺めていた。


 一方のルードヴィヒは、背負っている双剣を抜き、地獄の亡者たちに切りかかると、これを追い払った。


 続いて、死神に向かうと右手で袈裟懸(けさが)けに斬撃(ざんげき)を放った。

 死神はこれを大鎌で受け止めた。さすがの実力であるが、これも想定内である。

 すかさず、空いた右わき腹に左手の斬撃を放つ。


 が、死神はこれにも的確に反応し、素早く後ろに後退して、これを()けた。

 相手が髑髏では、(あせ)っているのか、余裕があるのか感情が読めず、不気味さを感じさせる。


(ちっ。ちっとばかし手間がかかりそうだのぅ)


 だが、死神はそのまま後退して去っていった。


(ん? どっけぇの(どういう)こった? まさか(おく)したっちぅことじゃあんめぇが……まあいい。結果オーライでぇ)


 そして、現実世界に復帰しようとしたとき、ルードヴィヒの頭の中に声が響いた。


『人間ふぜいが死の理に干渉するなど、まかりならぬ』


 振り返ると、2枚の漆黒の翼を持つ、堕天使が中空に浮いていた。元天使だけあってハンサムな顔立ちだが、目つきの悪さがそれを台無しにしている。


 ルードヴィヒはピンと来た。

 あれは死の理を統括するサマエルだ。先ほどの死神は、より上位の存在の登場を察して席を譲ったに過ぎなかったのだ。


「おめぇ。サマエルけぇ?」

『よく知っておるな。ならばなおさらだ。おとなしく去るがいい。さすれば、命までは奪うまい』


「おらにも事情っちぅもんがある。こかぁ簡単にぁ引き下がれねぇ」

『なんと強情な……ならば死ねぇ!』


 サマエルは、腰に()いた剣を抜刀すると、凄まじい勢いで切りかかってきた。

 スピードも威力も桁外(けたはず)れで、辛うじて受け流すが体勢を崩すところまでは持っていけない。


 (すき)らしい隙も見いだせないが、相手の体勢を崩すべく、こちらからも斬撃を放つもガッチリと受け止められた。


 そうこうして、やりとりも20合を迎えようとするころ、サマエルは大きく後退すると体勢を立て直した。


『おのれ……面倒な……』


 サマエルはしびれを切らせたようだ。


『さっさとくたばれ!』


 サマエルはルードヴィヒを一瞥し、死をもたらす邪視を放った。


 ……が、ルードヴィヒはピンピンしている。


(おんや! 今、(プラーナ)を揺さぶられる感覚があったども……ほうっか(そうか)ほうっか(そうか)、こらぁ例の邪視けぇ。なんか練習すれば、おらにもできそうだんなんが……)


 サマエルは、期せずしてルードヴィヒにとんでもない技を伝授してしまったのかもしれなかった。


 ……とは、つゆ知らず、本人は邪視がレジストされた驚きに目を見張っていた。


(そんなバカな。こんなことがありえるはずは……いや待てよ。まさか〇〇ということは……)


 サマエルは突然に態度を豹変(ひょうへん)させた。


『これでも我は忙しい身なのだ。ここは其方(そなた)に免じて許してやろう。だが二度目はないものと心得よ』


「はぁ? どっけぇな(どういう)ことでぇ?」

『それは己の小宇宙(ミクロコスモス)に聞くがよい』


 そう言うなり、サマエルの姿はかき消えた。


(ふぅ。なんかわからんが、いちおう終わったようだのぅ)

     挿絵(By みてみん)


 一息つくと、ルードヴィヒは、現実世界に復帰した。


 どうやら、オークどもはニグルやクーニグンデたちの活躍で討伐を終えたようだ。


 それを確認してから、心臓マッサージを続けているルークスに声をかける。


「ルークス。もういいぜ」


 そして、リーゼロッテに光魔法である復活(リザレクション)を発動する。リーゼロッテの体は神々しい光に包まれた。


 一瞬の間がルードヴィヒを不安にさせたが、リーゼロッテはケホケホと軽く咳込むと少量の血を吐いた。蘇生したのだ。


(まだだ。こっからが大仕事だすけのぅ)


 このまま治癒(ヒール)の魔法をかけてしまうと、折れた肋骨が曲がった位置でつながってしまう。完治させるためには、折れた骨を正常な位置に戻してやる必要があった。


 透視(クレヤボヤンス)で位置を確認しながら、念動力(サイコキネシス)の魔法で位置をもとに戻し、闇魔法で骨を接合していく。骨の接合や加工は闇魔法で可能なのであった。


 作業には慎重のうえにも慎重を求められる。

 全部を接合するのに小一時間もかかった。


「よしっ! いくぜ」


 治癒(ヒール)の魔法をかけると体の表面の傷も含め、みるみる回復していく。

 相変わらず意識はないが、リーゼロッテの呼吸は安定し、表情も穏やかになっていた。


 様子を窺っていたディータと護衛騎士たちは安堵(あんど)し、続いて彼らから歓声が沸いた。

お読みいただきありがとうございます。


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