第122話 自然児 (2)
「なるほど。釣れたお魚は何なの?」
「オイカワとアブラハヤだのぅ。山女が釣れると美味ぇがぁどものぅ」
コンスタンツェは、他人事のように感心している。
「ともかく、大公女様も釣ってみらっしゃい。さっきみてえに、ちっと上流に投げ込んで、少しずつ下流に流していく感じでええすけ」
コンスタンツェは、ルードヴィヒから釣竿を受け取ると、仕掛けを投げ込もうと構えた。
(さあ。いよいよいくわよ……)
「ちっと待てや」
「何なのよ。もう……」
「素人は。恰好つけて上から投げこむ必要はねえすけ、送り込みっちぅて、下から振り子みてえぇにして、ポイントに運べばええがぁてぇ」
「わかったわよ。あとは自分でやるから口を出さないで」
「おぅ。わかったっちゃ」
コンスタンツェは、慎重に仕掛けを上流部に投げ込むと、ルードヴィヒの真似をして少しずつ下流へと流していく……。
やはり10秒もすると、魚がかかった。
しかも、かなりの大きさのようだ。
「きゃぁぁぁぁぁ。どうすればいいのよ」
「強引に引っ張り上げると、糸が切れるすけ、ちっとずつ岸によせろや」
「そんなこと言われても……」
コンスタンツェは、必死の形相だ。
それでも魚はだんだん弱ってきて、岸に寄ってきた。
そこをすかさずルードヴィヒが用意していた玉網(手持ち付きの網)ですくいとった。
ルードヴィヒは、感嘆の声を上げる。
「こらぁ豪儀だもぅさ。20㎝はある山女でねぇけぇ。毛針でなんて、滅多に釣れるもんでねぇ」
「ええっ! そうなの? でも、あなたが網ですくってくれたから」
「だども、釣ったんは大公女様だすけ」
「いやぁ。ただのまぐれよ」
……と言いつつも、コンスタンツェは、嬉しさで破顔している。
「さあ。まだまだ暗くなるまで釣れるすけ、どんどん釣ってくれや」
コンスタンツェは、調子に乗った。
それからは、大物は釣れなかったが、小さいものが30匹近く釣れた。
ただ、コンスタンツェは、小さくともぬるぬるしていてビチビチと跳ねる魚には終ぞさわることができず、針から外すのは専らルードヴィヒの仕事になってしまったが。
完全に日が暮れて真っ暗になる前に引き上げたが、コンスタンツェは、名残惜しそうな顔をしていた。
釣りに味をしめた彼女は、釣りキチの仲間入りをしたのかもしれなかった。
帰り道、ルードヴィヒは言った。
「大公女様が釣ったでっこい山女は塩焼きにしてもらうすけ。あとの小物は、から揚げにしてまるのまんま食うと美味ぇがぁよ」
「それは、楽しみだわ」
コンスタンツェは、帰り道、しみじみと思った。
(彼は、自然の中で育ったというだけではなく、少年のような無垢さを残しているという意味でも”自然児”なのだわ。私も、彼が変に穢れないよう、私なりに努力しなくては……)
”自然児”は、あかぬけしないわがままで粗野な者を皮肉って使われることもあるが、本来は、世俗の因習などにけがされていない純真無垢な者を指す。
コンスタンツェが感じたのは、まさにこのことだった。
屋敷に戻ってからの午餐は、釣って帰った山女や小魚、ルードヴィヒが採った山芋やむかごなど、和食系のおかずが並ぶことになったが、コンスタンツェは、見たことのない料理ばかりで、正餐以上に目を白黒させていた。
彼女が、正餐のときに豆腐ハム挟みフライを食べ、豆腐に興味を持ったので、豆腐に薬味をのせるだけで丸のまま出したらとても驚いていたが、気に入った様子だった。
ルードヴィヒからは、遅くなったので、泊っていくよう勧められたが、そこはさすがにシャペロンが許さなかった。
大公女宮への帰り道、コンスタンツェは、今日のことを反芻していた。
ローゼンクランツ卿の原点のようなものを感じることもできたし、何よりも、彼の子供が欲しくなった。
これは頭で考えて云々ということではなく、女の本能として感じてしまったことで、女の情念をより激しく燃やす結果となった。
(結局のところ、私は、ローゼンクランツ卿という魔性の男の魅力に引き込まれる思いを強くしたということね……その母にずっと魅せられ続けているお父様の気持ちが少しわかった気がするわ……)
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