第119話 シェフの試練 ~その2~(2)
そして、最後にスイーツが出された。ナッツとドライフルーツのアイスクリームであるが、アイスクリームなどローゼンクランツ家の人間しか知らない代物だった。
ルディが、飲み物として、コーヒーを入れた。
「お昼は紅茶じゃなくてコーヒーなのね」
コーヒーは、近年、エウロパ地方に伝わってきたもので、コーヒーハウスというものが、最近の流行になっていた。
「おらも、どっちかっちぅと紅茶党だども、スイーツとの相性がええすけ、今日はコーヒーにしたがぁてぇ」
「そうなのね。このペースト状のスイーツがアイスクリームなのね。アイスというからには、氷菓子なのかしら?」
「まあ、言葉で言うんも難しいすけ、とにかく食べてみらっしゃい」
コンスタンツェは、アイスクリームをスプーンですくうと。一口食べてみた。
ウ,ウマ━━━Ψ(°д°;!)━━━!!
(な、何なのよ……これは……美味過ぎる)
「これは、アイスクリームとは、言いえて妙ね。冷たいクリームが口の中でふわりと溶けて、甘さも控えめでほどよいし、ナッツとドライフルーツのアクセントとも見事に調和していて……美味し過ぎるわ」
……と感想を言うと、パクパクと食べ始めた。よほど気に入ったらしい。
「ちっと待ってくれや」
「何よ。せっかく人が至高の味を堪能しているというのに」
「それに濃く入れたコーヒーを入れると、また違った味がするがぁすけ」
「んもう。それなら早く言ってよ」
「そんだば、ルディ。よろしくのぅ」
ルディは、あらかじめ用意しておいたコーヒーを注ぐ。
それをコンスタンツェは、スプーンですくい、口に運んだ。
「これは……コーヒーで溶けかかったアイスクリームとほろ苦いコーヒーの味の組合せが素晴らしいわ。ちょっと大人の味とでもいうのかしら」
「そうだろう。そりだすけ、言ったもぅさ」
「私、気に入った。アイスクリームを作るのは難しいのかしら?」
「レシピは教えてもええども、冷やさんばなんねぇすけ、水魔法を使える魔術師がいねぇと、ちっときっついのぅ」
「そうなのね。なら、私、決めたわ。アイスクリームを作るために水魔法が使える魔術師を大公女宮に雇うわ」
「大公女様。すっけん大袈裟なぁ。アイスクリームぐれぇ、食いたくなったら、おら家に来りゃあええがんに」
「しかし、そんな訳には……」
「ええてぇ。自分家だと思って、いつでも来りゃあええ。何も遠慮するこたぁねぇがんに」
(その言葉……ほとんどプロポーズに片足を突っ込んでいるんだけど……本人に自覚はあるのかしら?)
コンスタンツェの頬は、赤く染まっている。
その横で、お目付け役のシャペロンは微妙な表情をしていた。
「ほっほっほっ。私としたことが、アイスクリームの美味さに少し興奮してしまいました。では、食べたくなったら、また寄らせてもらうわ」
「おぅ。そうすりゃあええ」
そして、コーヒーを飲んで一段落したコンスタンツェは言った。
「では、ぜひ昼食のお礼を言いたいのですが、シェフを呼んでいただけるかしら?」
「おぅ。わかったっちゃ」
そして、ペーターがやって来た。
まるで、最後の審判でも受けるかのように、真っ青な顔をして緊張している。
コンスタンツェは、それと対照的に、慈愛のある微笑みを浮かべながら言った。
「シェフ。ちょっと驚く料理ばかりでしたけれど、たいへん美味しかったです。腕を上げましたね。
それに、ローゼンクランツ卿の好みに合わせて料理を作るのは、さぞかし大変でしょう。でも、それが単なる偏食ではなく、健康のためであることは理解しました。これからもローゼンクランツ家をしっかり支えるよう精進なさい」
「そんなもったいない……過分なお言葉を頂戴し、身に余る光栄に存じます。お言葉に従い、ローゼンクランツ家を支えるため全力を尽くす所存でございます」
ペーターは、恐縮しつつも、嬉しさが隠せないでいる。
一本立ちの認定試験のように思っていただけに、喜びもひとしおなのだろう。
「ペーターさん。よかったのぅ」とルードヴィヒが声をかけた。
「ありがとうございます。旦那様。しかし、これは私一人の力ではなく、デリアさんやほかのメイドたちの助けがあってこそできることです。これからも、奢ることなく修行を積んでいきます」
「そうけぇ。そんだば、よろしくのぅ」
「かしこまりました」
その日の夕方の軽い午餐が終わった夜……。
ペーターとソフィアは二人で、ささやかなお祝いをした。
あるいは、これがシェフとしての正式な就任祝いかもしれなかった。
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