第118話 シェフの試練 ~その1~(1)
ペーター・フォーベックは、不安と恐怖に打ちひしがれ、まさに戦々恐々としていた。
不幸中の幸いというのももったいない話で、ローゼンクランツ新宅のシェフとして一本立ちを果たし、妻のソフィアとささやかなお祝いをしたまでは良かった。
今日突然ルードヴィヒに言われた言葉は、彼に衝撃を与えた。
「明日、大公女様がおら家に来ることんなったすけ、よろしくのぅ」
「ええっ! 大公女様といいますと、コンスタンツェ様ですか?」
「おぅ。そうだども……」
「仮にも大公女様を弑逆しようとした私などが対応してよろしいでしょうか?」
「すっけなもん、正当な裁きが下って、執行猶予んなったんだすけ、堂々としてりゃあええでねぇけぇ。大公女様は、すっけんこたぁ気にしねぇと思うぜ。それに、ここん家にぁ、シェフはおめえさんしかいねぇがぁだがんに」
「それは、そうなのですが……急に明日といわれましても食材の用意が…」
「今更、背伸びしてもしゃあねぇろぅ。えっつぉけおらたちが食ってるもんでええでねぇけぇ」
「それは、シェフとしての面子にかけて、できません。とにかく今ある食材と、明日の朝一番で調達できる食材でなんとかしますが、問題は肉をどうするかですが……」
牛肉などは、保水性や味・風味を良くするために熟成期間が必要であり、と殺してから、牛なら8~10日、豚なら4から5日、鳥でも半日~1日かかる。
(おらのストレージにも入っとるども、時間が止まっとるすけ、熟成はされてねぇしのぅ……)
「そんだば、今からおらが何か獲ってくるすけ。雉なら癖が少ねぇすけええろう。それに目先を変えて、兎かなんか適当ながんを獲ってくるすけ、それでええろう」
「ええっ! 今からですか?」
「何も、ベヒモスみてぇな高位の魔獣を狩ってくるわけでもなんでもねぇすけ。1、2時間もあれば充分だがんに」
「わかりました。お使い立てして申し訳ございませんが、肉については、旦那様にお願いいたします」
「おぅ。わかったっちゃ」
ルードヴィヒが去った後、ペーターは、ルードヴィヒからもらった赤・緑・黄の三色食品群と6つの基礎食品群を示した表とにらめっこしていた。
この世界では、元素の考え方が食品にもあてはめられ、高いところにできる果物や木の実は貴族の食べ物で、地中にできる芋や根菜は下賎の食べ物とされていた。
ルードヴィヒから示されたところの、食品群に応じ、栄養バランスの取れた食事をするという考え方は、元素の貴賤と多々矛盾することもあったが、この屋敷に来てからいざ実践してみると、ペーター自身が体調の良さを実感していた。
だが、ペーターは、これに対応したレシピというものはまだ開発途上だ。その意味では、ヘッド・キッチンメイドを務めているデリアの方が慣れている。
ペーターは、デリアに対し、料理に関して、何か煌めくような才能を持っているように感じていた。
実は、それは、もともとデリアが持っていた才能に加え、貧民・奴隷時代に、限られた貧しい食材を使って、いかに自分たちの食欲を満たし、かつ、健康を維持するかという追い込まれた状況の中で培われていったものが大きいのだが、ペーターは、デリアに、そんな過去があるとは知らされていなかった。
ペーターは、やむなくデリアの力を借りることにして、彼女を呼びだし、明日のメニュー作りに専念した。デリアも喜んでこれにつき合ってくれた。
この世界での食事は、基本的に、昼の正餐に2時間ほどかけてがっつりと食べ、午餐(夕食)は軽くというのが慣例だった。貴族などはこれに加え、軽い朝食をとる者などもいる。
この意味では、勝負は明日の正餐(昼食)ということになる。
もともと大公女宮でセカンドシェフをしていたペーターは、これがシェフとして一人前かどうかを認定する試験のようにも思えていた。そのことに、不思議な因縁も感じた。
夕刻には、ルードヴィヒが、約束どおり、雉、兎に小鹿を獲ってきてくれた。これをメインに明日の昼食に向けて、メニューの構成や下準備を始める。
作業は、デリアもつきあってくれ、夜を日に継いで行われた。
コンスタンツェが、お化粧直しから戻ってきたところで、ルードヴィヒから声をかけられた。
「そろそろ昼飯ができたみてぇだすけ、どうかぃのぅ?」
「そうね。ちょうど頃合いだし、いただこうかしら」
「そんだば、食堂まで案内するすけ」
「よろしくね」
そして、食堂に案内されたコンスタンツェは、まずはテーブルの大きさに驚いた。
「なんなの? この大きなテーブルは?」
「おぅ。これけぇ。飯は皆で食った方が美味ぇすけ、おら家じゃあ使用人も一緒に食っとるだんなんが、こっけにでっこいテーブルが必要んがぁてぇ」
「使用人も一緒に?」
「何か、まずかったかぃのぅ」
これには、コンスタンツェに同行してきたシャペロンも驚いている。
普段から使用人を見下さないコンスタンツェでも驚いた。
(私も、使用人を見下したりはしないようにはしているけれど…それにしても、徹底しているわね…(*´艸`*)ウフフ♡、彼らしいといえば、彼らしいわ…)
「それが、この家の流儀というならば従うわ」
「悪ぃのぅ」
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