第13話 オーク来襲
亜人種の一種にオークという種族がいる。
2メートルを超える大きな体格で、力も強いが、肥満体の体つきをしている。豚や猪に似た醜悪な顔をしていて、下あごから伸びる長い牙が特徴である。
悪事を働くことで嫌われているが、魔族などの尖兵として使役されることも多い。
知能はさほど高くはないが、武器も扱える。
何といっても、その特徴は性欲の旺盛さにある。
オークは、雌とみれば種族を問わず襲いかかり、凌辱して他種族であっても孕ませる能力を持つという。
特に人間の女性を好むとも言われているため、女性には、"オーク"という言葉を聞くだけで戦慄する者も多かった。
夕刻。
ライヒアルトは、今日も暗い顔をしてルードヴィヒたちとともに泊っている宿に帰ってきた。
「お兄ちゃん。またダメだったの?」と妹のゲルダが悲愴な声で尋ねる。
「ああ。すまない……」
ライヒアルトは、力なく答えた。
彼は、ルードヴィヒがツェルター伯家や鷹の爪傭兵団を訪問している間、テーリヒの町でずっと職を探していたのだ。
だが、ダークエルフは人間に疎まれる存在であり、端から話を聞いてもらえないことがほとんどだった。
唯一可能性があったのが娼館の用心棒の仕事だが、多感な年頃のゲルダに、そのことを知られるわけにもいかない。
傭兵になるということも考えたが、仕事で遠征中はゲルダを一人で放置することになってしまう。さすがにそれはできなかった。
ルードヴィヒがライヒアルトに尋ねる。
「そりじゃ、なじょするがぁ? おらたちぁ明日、アウクトブルグへ出立するども……」
「すまないが、もうしばらく同行させてくれるか? アウクトブルグなら仕事が見つかるかもしれない」
「おぅ。わかったっちゃ。遠慮はいらんすけ」
「すまない」
翌早朝。
ルードヴィヒ一行はアウクトブルグへ向け出立した。
街道を歩き、郊外に差しかかったとき、ルードヴィヒは辺りに人気がないことを確認し、立ち止まった。
「ちっと待っててくれや」
ルードヴィヒは、そう言うと、目を閉じて何かを念じた。
道に7つの魔法陣が生じ、3頭のユニコーンと4頭のバイコーンが姿を現した。
ユニコーンは純潔を司る獣で、その名のとおり長い1本の角を生やした白馬である。その体格はサラブレッドのようにスマートな姿をしている。
これと対をなすバイコーンは不純を司る獣で、頭に悪魔のような2本の湾曲した角を生やしている。漆黒の毛並みをしており、農耕馬のように筋肉質で頑丈そうな体格をしている。
両者とも極めて獰猛で、力強く、勇敢で、相手が巨大な魔獣であろうと恐れずに向かっていく性格をしている。
「おまえ何をした?」
それまで口を開けて呆れていたライヒアルトは訪ねた。
「何をって、見たとおりユニコーンとバイコーンを召喚しただけだんが……ルークス、ハラルとゲルダはバイコーンにぁ乗れねぇろぅ?」
召喚術は極めて難易度の高い魔術であり、召喚術士は魔導士よりも更に寡少な存在である。それを例によって無詠唱で……
「……………………」
ライヒアルトは、ルードヴィヒのやることにはもう驚くまいと決めていたことを思い出した。
「あのう……」
ゲルダが申し訳なさそうに口を開いた。
「私、馬に乗ったことがなくて……」
「そうけぇ。そりだば、ゲルダさんはルークスと一緒に乗るといいっちゃ」
「わかりました。じゃあ、ルークスさん。お願いします」
「ええ。いいわよ。こちらへいらっしゃい」
ゲルダはひと安心した表情をしている。
が、もう一人……
「あのう……」とハラリエルが口を開く。
「おめぇはユニコーンにしがみついとればええすけ。こいつぁ賢ぇから何もせんでもついてきてくれるっちゃ」
「ええっ! 私だけ扱いがぞんざいじゃないですかぁ」
「そりだども、ユニコーンに3人は乗れねぇろぅ」
冷たいようだが、ルードヴィヒは淡々と事実を述べただけだった。
◆
それに先立つこと数時間前……
「お嬢様。お手をどうぞ」
好々爺然とした老紳士が、リーゼロッテ・フォン・ツェルターを馬車へとエスコートしていた。
彼女もアウクトブルグへ向けて出立するのである。
老紳士の名は、ディータ・ケッター。
つい先日までツェルター伯邸で執事をしていたが、息子に仕事を譲り、引退したばかりだった。
が、溺愛している娘のためにぜひと伯爵に請われ、リーゼロッテの面倒をみる従者として同行することになっていた。
また、これにはツェルター伯爵が厳選した実力ある護衛騎士が5名、騎乗して同行することになっている。
一行は、早朝に出立し、もう少しで昼時というころ……
街道脇の森の茂みから、体格の良い亜人が数名飛び出してきて、行く手を塞いだ。馬車を引いていた馬は驚いて停止し、恐怖からか「ヒヒーン」と高い悲鳴をあげている。
「オークだ! 皆、守りを固めろ」
護衛騎士たちは、オークどもと馬車の間を固める。
「抜剣!」
護衛騎士のリーダーの命令を受け、護衛騎士たちは剣を抜き、戦闘態勢をとる。
オークどもの狙いは最初からリーゼロッテであった。彼らは敏感に雌の臭いを嗅ぎ取っていたのだ。
オークどもは、一斉に馬車へ向けて殺到する。
しかし、護衛騎士たちもだてではない。
勇敢にオークどもへ立ち向かう。
体格や膂力はオークどもの方が上だが、護衛騎士たちはそれに対抗する技術を持っている。
オークどもは一人、また一人と切り伏せられていく。
一連のやり取りを馬車の中で聞いていたリーゼロッテは、戦慄し、震えが止まらなかった。
「お嬢様。彼らに任せておけば大丈夫です。なにせ伯爵様が選び抜いた最強の騎士たちなのですから」
ディータが慰めの言葉をかける。
しかし、暫くして……
「ううっ!」という男の悲鳴がし、ドサリと倒れる音がした。
護衛騎士が一人、オークに倒されたようだ。
オークどもを倒しても次々と増援がやってきて頭数が減らない。護衛騎士たちの疲労はピークに達し、集中力を維持するのも困難になってきていたのだ。
そして、数分後にもう一人……
その音を聞いたリーゼロッテは、かえって冷静になった。開き直れたというべきか。
「私も出るわ。剣と盾を出してちょうだい」
「しかし、危険です。お嬢様」
「それは承知のうえよ。このまま震えているよりは、少しは戦力の足しになるわ」
「承知いたしました」
ディータは、心配でしょうがなかったが、渋々折れた。
だが、リーゼロッテが馬車の外へ出るとかえってオークどもを刺激してしまう結果となった。
オークたちは色めき立ち。リーゼロッテに殺到する。
人数が減っていた護衛騎士たちは多勢に無勢で防ぎきれない。
オークの一人がリーゼロッテに肉薄し、激しく殴りかかってきた。
リーゼロッテはなんとかこれに反応し、盾で受け止めようとしたが、女の力では対抗できなかった。
盾は弾き飛ばされ、彼女の胸を直撃した。
その激しい衝撃で、彼女の胸のあばら骨が複数折れ、内臓を傷つけた。彼女は血を吐きながら倒れると、そのまま失神してしまった。
オークは、ここぞとばかりにリーゼロッテに手をかけ、凌辱しようとしている。
「お嬢様ーっ!」
ディータは、そう叫びながらオークに切りかかった。
彼にも剣を嗜んだ経験はあった。
オークは興を削がれたとばかりに、怒り、ディータの顔面に向けて殴りつけてくる。
老骨のディータはこれに反応できていない。
そして、ディータの顔面をオークの拳が直撃するかと思われたとき……
殴りかかっていたオークの腕の上腕部がポロリと落ちた。
何者かが風刀の魔法でオークの腕を切断したのである。
「ガーーッ!」とオークは苦しみの叫び声をあげている。
切断面からは、心臓の鼓動に合わせ、ドクドクと大量の血が噴き出ていた。
「こらぁ酷ぇありさまだのぅ。間に合ったたぁ言い難ぇやら?」
背後から若々しい男性の声が聞こえたので、ディータが振り返るとそこにはこの上ない美貌の少年が立っていた。
田舎丸出しの方言とのギャップに、ディータは甚だしい違和感を覚えた。
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