第117話 疼き
そして、スコーンを食べ終わり、一服したところで、コンスタンツェは、おもむろに口を開いた。
「では、サンディーちゃんを見せてもらおうかしら」
「わかったっちゃ。そんだば、案内するすけ、付いてこらっしゃい」
ルードヴィヒが、育児室まで案内する。
そこでは、ダニエラがまだ乳をやっているところだった。
その姿を見て、コンスタンツェは、衝撃を受けた。
思わず、自分の胸を確認してみそうになる。
(な、何なの? あの乳の大きさは? 授乳中は2カップは大きくなるとは聞くけれど、それを差し引いても常識はずれだわ)
コンスタンツェが目を見張って見ている間に、授乳を終わったようだ。
そして、ダニエラが抱っこして、アレクサンドラの可愛い顔が見えた瞬間、コンスタンツェは、体の芯がズンと締めつけられるような感覚を覚えた。少し遅れて、秘所のあたりがジュワっと濡れるような感覚があった。
(いやん。ちょっと下着が濡れちゃったかも……それにしても、この感覚は……これが、きっと子宮が疼くというやつなのね……ああぁっ! それにしても可愛い。可愛すぎる……)
ダニエラがアレクサンドラの背中をポンポンと叩いている。
(あれで、げっぷを出させているのね……)
コンスタンツェは、真剣に見入ってしまっていた。
アレクサンドラは、げっぷを出し終わったようだ。
ダニエラがコンスタンツェに気付いて、声をかけてきた。
「あんたが大公女様かい?」
「ええ。そうよ」
ダニエラがアレクサンドラを見せて言う。
「可愛いだろう。アレクサンドラっていうんだ。愛称はサンディーさ。なんだったら、抱いてみるかい?」
「いいのかしら?」
「大丈夫さ。まだ首が据わっていないから、気を付けて抱いておくれよ」
……と言うと、ダニエラはアレクサンドラをコンスタンツェに抱っこさせる。
「ああっ。ダメダメ。そんな抱き方じゃぁ。まだ首が据わってないんだから……」
「こ、こうかしら……」
ダニエラが、手ずから指導する。
「こうだよ。こう……首をしっかり固定するようにしなくちゃ」
「ああ。なるほど……」
「ねえ。可愛いだろう」
「そうねえ。天使という表現さえも陳腐だわ。例えようもなく、可愛くて、清らかで……ああ、言葉で表現できないのがもどかしい……」
コンスタンツェは、うっとりとした表情でアレクサンドラの顔に見入っている。
アレクサンドラは、まだ生後三月になっておらず、視力は弱いが、コンスタンツェの顔をじっと見つめている。
ヽ(♡>∀<)ノキュンキュ-ン♪
(ああん。もう、胸キュンが止まらないわ……)
コンスタンツェは、飽きもせず、アレクサンドラを見つめ続けているが、満腹になって、アレクサンドラは眠くなってきたようだ。
「ねぶったくなってきたようだのぅ」
……とルードヴィヒが声をかける。
「確かに、目がとろんとしてきたわね」
「そんまんま、寝かしつけてみるけぇ?」
「あら。いいのかしら?」
「大公女様も、えっつか子供を産むことんなるがぁだんなんが、ええ練習になるろぅ」
「そうねえ……ぜひ、そうありたいものだわ」
ルードヴィヒは、ついヴァレール城の感覚で言ってしまったが、一般的に、貴族の女性は、胸の形がくずれること等をいやがって、授乳や下の世話も乳母に任せるし、乳幼児期のしつけも保母にやらせることが一般的だった。
だが、コンスタンツェは、手ずから乳幼児の面倒を見たくなったようだ。
「背中をゆっくりトントンしてやったり、ゆらゆらと揺らしてやったりするとええがぁよ」
「あら。あなた、良く知っているのね」
「おぅ。もうだいぶ練習したすけ」
「まあ。男なのに子煩悩なのね」
「ははっ。そらぁ言い返せねぇのぅ」
コンスタンツェは、まずはアレクサンドラの背中をポンポンと叩いてみた。
見かねたダニエラがコツを教える。
「もうちょっとゆっくりだよ。お母さんのお腹の中にいたときの脈動のリズムでやるんだ」
「ああ。なるほど……このくらいかしら?」
「そうそう。なかなかうまいじゃないか」
こうなってくると、先ほどまでダニエラがルードヴィヒの愛人だと敵視していたことが、まるで嘘のようだ。
子供というものは、そこに存在するだけで、揉め事を収めてくれる不思議な力を持っているようだ。
そして、アレクサンドラがそのまますやすやと眠りについたとき、その寝顔を見たコンスタンツェは、この上ない至高の癒しを感じ、幸福感に包まれた。
(ああ……これが自分の子供だったら……)
コンスタンツェは、思わずルードヴィヒの顔を見つめてしまった。
すると再び子宮の疼きを感じ、ちょっと恥ずかしくなってしまった。
(それにしても……愛だの恋だのエッチだの面倒くさいことは置いといて……とにかく、赤ちゃんが欲しい、赤ちゃんが欲しい、赤ちゃんが欲しい、赤ちゃんが欲しい、赤ちゃんが欲しい……はあーっ)
「大公女様。なじょしたがぁ。ボーっとして……また、難儀ぃがぁか?」
「いえ。ちょっと考え事をしていただけだから、大丈夫よ」
そこでふとダニエラと目が合った。
彼女は、まるで聖母のような慈悲深い目をコンスタンツェに向けていた。
(ああ。彼女には、私の気持ちがバレバレなのだわ……)
そして、お化粧直しをした際に、下着を確認した。
(やっぱり、少し濡れちゃってるわ……)
今日の子宮の疼きといい、下着を濡らしてしまったことといい、赤ちゃんを抱いて幸福感に包まれたことといい、女という生き物は、多分に本能で生きている存在なのだと、コンスタンツェは思い知ることになった。
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