第115話 大公女の来訪(2)
ダニエラがローゼンクランツ新宅に来てからしばらくして、ある報告書がコンスタンツェの手元にもたらされ、これに目を通していたとき……。
「な、な、なんということ! これだから男という生き物は……それも、ダークエルフとなんて……」
……と言うなり、コンスタンツェは、眉間に皺を寄せて不機嫌な顔をしている。
暑くもないのに豪華な扇子を広げると、ヒラヒラと扇ぎ始める。
報告をした情報将校は、なんとかなだめようと口を開く。
「差し出がましいようですが、口を挟ませていただきます。大公女様」
「ええ。なんなの?」
「元来、男など、そういう多情な生き物なのです。ローゼンクランツ卿はよほどまっとうな方です。これより乱倫な貴族や大商人など、掃いて捨てるほどおります」
「それは前にも聞いたわよ!」
……と言うと、コンスタンツェは、報告書を乱暴に机の上に放り投げた。
「もうわかったから、お下がりなさい」
「御意」
報告書には、ローゼンクランツ新宅にダニエラというダークエルフの超巨乳美女がいるという情報が書かれていた。当然、彼女がルードヴィヒの愛人であり、既に子供もいるという情報も併せてである。
その報告書を読んだとき、コンスタンツェは、怒り、悲しんだのは事実である。
しかし、ルードヴィヒの娼館通いの一件があって、彼女は、男という動物をもはや割り切って考えられるようになっていた。
(これしきの事で落ち込んでいたら、貴族の男と恋愛や結婚なんてできるはずがないわ……)
まだ、この感情は収まったとは言い難いが、おそらくは一時的なもので、克服するのは難しくはないだろう。
だが、もう一つ気になることがある。
愛人との間に既に子供がいるとは、ショックはショックなのだが……。
(だって、ローゼンクランツ卿の子供なのよ……ぜひ一目……見てみたいものだわ……)
コンスタンツェは、子供が大好きで、孤児院の慰問活動なども度々行っていた。
このためか、子供に関しては、嫉妬の気持ちよりも、子供に関する興味の方が勝ったのである。
そして、彼女は、解決法を見出すべく、自慢のgrey matter(灰色の脳細胞)を……。
(考えるまでもないわ。大公女宮に招いた返礼と称して、強引に屋敷に押しかければいいのよ)
そして、ルードヴィヒが大公女宮を訪れてから数日後。
コンスタンツェは、朝の挨拶もそこそこに、満を持してルードヴィヒに切り出した。
「あなた。この間は、私が大公女宮に招いたのだから、あなたも屋敷に招きなさいよ。それが貴族の礼儀というものよ。
まったく、こっちに言われるまで気が付かないなんて、ちょっとは気を使いなさい」
「おらっ! こらぁ済まんかったのぅ。そんだば、いつがええかぃのぅ?」
「明日は、ちょうど土曜日だから、明日伺うわ。それでいいかしら」
「こっちは構わねえども。迎えをやった方がええろか?」
「そこまでする必要はないわ」
「そうけぇ。そんだば、待っとるすけ」
「では、よろしくね」
◆
コンスタンツェがローゼンクランツ新宅を訪れると、まずはドアボーイの少年が目を引いた。エリアスである。
その半ズボンから出ている足は、ツルツルであった。
「まあ。可愛らしいドアボーイさんね。ありがとう」
(これでは、ドロテーが気に入るのも無理はないわぁ……)
「いえ。とんでもございません」
……と、エリアスは恐縮している。
その先に使用人一同がずらりと勢揃いして出迎えていた。
一同が口を合わせて来館の挨拶をする。
「「「いらっしゃいませ。大公女様!」」」
コンスタンツェは、まるで公式訪問のようで、少し恐縮した。もう少しプライベートな訪問のつもりだったのだ。
「あら。こんなに大袈裟にしなくてもよかったのに……」
整列している使用人を見渡すと、絶世の美女ともいうべき女性が大半を占めていた。
(なんなのよ。この美女軍団は!ローゼンクランツ卿って、面食いなのかしら……?)
ふと見ると見知った顔があった。
「あら。あなたは……」
「ツェルター家で執事をしておりました。ディータ・ケッターと申します。大公女様とは、その際に何度かお会いしたことがございます」
「そう……だったわね。今はこちらのお屋敷で?」
「はい。老骨ながら、こちらで執事をやらせてもらっております」
「そうなのね……ところで、お隣の方は?」
コンスタンツェは、ディータの隣の完璧な立ち姿のルディに興味を持った。
「ルードヴィヒに様の侍従兼執事見習いをやらせてもらっておりますルディ・アーメントと申します」
(こいつが問題の侍従なのね。確かにいかにも卒がなさそうな感じだわ……)
「あなた、ローゼンクランツ卿にとても似ていらっしゃるのだけれど、ご親戚か何かかしら?」
「遠い親戚のようなものですが、私自身は、主様の矮小な付属物に過ぎません」
(”のような”って、なによ。でも、使用人ということは、貴族ではないということ?……何か事情がありそうね。鎌をかけてみようかしら)
「それはまた慎ましいことね。ローゼンクランツ卿の身支度を拝見する限りでは、たいへん優秀な方とお見受けしますが、本当は、どこかで高度な教育を受けた貴族か、教会関係者なのでは?」
「いえ。Es ist nur ein Butlerlehrling」(あくまで執事見習いですから……)
(ん? 何だかどこかで聞いたような台詞ね。でも、いちおうは平民にしておきたいということなのね……まあ、いいわ)
そして使用人が整列する中を更に進む。
超美人のメイドたちは、堂々としており、臆する様子が全くない。
(ふう。気を緩めたら、こっちが気後れしそうだわ)
その中に、一人恐縮しているメイドがいた。コンスタンツェは、ピンときた。
「あなたがソフィアさんかしら?」
「はい。先日は、夫が大変な無礼を……」
緊張で声が震えている様子が見て取れる。
コンスタンツェは、その言葉を遮るように言った。
「いいのよ。やむを得ない事情だったということはわかったし、正当な裁きを受けたのだから。ここはお互いに水に流しましょう」
「もったいないお言葉をありがとうございます」
「ところで、シェフの姿が見えないようだけれど」
「申し訳ございません。夫は昼食の仕込みのために、手が離せないようでして……」
「それならば、いいのよ。では、昼食を楽しみにさせてもらいますね」
「はい。精一杯のおもてなしをさせていただきます」
そして、最後にルードヴィヒに話しかけた。
「ここの屋敷のメイドさんたちは皆が美しい方たちばかりなのね」
「ん? そうかぃのぅ」
「金に任せて、よほど選び抜いた方を雇ったのでは?」
「んにゃ。おらぁ、ただ知り合いを雇っただけで、選んでなんてねぇよ」
「怪しいわね……まあ、そういうことにしておいてあげるわ」
「いやぁ。おらは、嘘は言ってねぇよ」
「もう、わかったわよ」
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