第114話 狼の紐 ~その2~(1)
そして……。
いよいよ審判員が開始の合図をする。
両者はいつでも突進できるよう、膝の力を抜き、少しだけ屈んだ姿勢で準備している。
「では……始め!」
間髪を入れず、試験官は上段から袈裟懸けの斬撃という大技を放った。
ルードヴィヒは、これに対し冷静に左の剣を合わせ、滑らせると大きく左側に受け流す。
それにより隙ができたところで、更に懐に潜り込み、右の剣のヒルト部分で闘気を込めてみぞおち部分を強打した。超近距離からの攻撃に、試験官は反応できず、盾で防御することもかなわない。
「グゥッ!」
試験官は、あまりの痛みに呻き声を上げた。
ルードヴィヒの双剣の拳を保護するヒルト部分には、打撃武器としても使えるように、メリケンサックのような複数の突起が付いている。これにより打撃による攻撃力を高めるのだ。
みぞおちは人体の急所の一つである。試験官は鎖かたびらを付けてはいたが、ヒルト部分の突起はこれを突破してみぞおちからは出血している。なにより、闘気を込めた打撃は、胃周辺の内臓部分を直撃しており、試験官はその衝撃で白目をむいて気絶していた。
彼は、無惨にも、そのままドサリと音をたてて倒れる。
その様子を見ていたギャラリーであるRote Ritter(赤の騎士団)の騎士たちは、あまりにあっけなく試験官が負けたことに衝撃を受け、開いた口がふさがらない。
試験官は、騎士団の中でもバリバリ現役の中堅どころの騎士だったからだ。
ただ、一人コンスタンツェだけは、忍び笑いをしていた。
(ベヒモスでさえ少数で倒したというのだから……まあ、このくらい当然よね……)
騎士たちにもプライドがある。
新人の騎士にこんな無様な負け方をしたままでは、騎士団の沽券にかかわる。
これにより、鷹の爪傭兵団のアウクトブルク駐屯地を初めて訪れた際の状況に酷似してくることになる。
近距離がダメなら槍使い、リリエンタール一刀流やローゼンクランツ双剣流の者など、手を変え品を変え挑戦者が現れるが、ことごとくルードヴィヒに退けられている。それも、ほとんどの者が瞬殺か、打ち合っても1、2合で決着がついてしまうのだ。
口々にやじや罵声が飛び交い、武闘場は騒然とした熱気に包まれた。
ルードヴィヒは、この日、コンスタンツェに”顔に泥を塗るな”と言われた手前、フル装備で来ていた。
剣のヒルト部は説明したとおりであるが、両肘と両膝にはめたパッドにも突起がついており、打撃武器となる。靴のつま先にも突起があり、踵にも鉄板が入っており、蹴りの攻撃力が強化されている。
もともとローゼンクランツ双剣流の片手剣はリーチが短く、そもそもが近距離戦闘型なのだが、これに両手の拳と肘、両足の膝、つま先、踵による格闘術も組み合わさった、いわば喧嘩殺法というのが、ローゼンクランツ双剣流の真骨頂なのであった。
相手は、単に剣撃のみならず、両手両足から繰り出される打撃にも備える必要があり、このような変化に富んだ攻撃に慣れていない者は、あっというまに撃沈されていく。
そして、ついには団長を務めるヒルデガルト・フォン・エーベルハルト中佐が出馬せざるを得なくなった。
「おいおい。ついに真打の登場だぜ」
「まさか負けねえよなあ。女団長さんよう」
エーベルハルト中佐を女と見くびる団員から、やじが浴びせられるが、彼女がキッと睨みつけると、団員はブルって小さくなった。
ハーフエルフのエーベルハルト中佐は、妖精のように美しくありながら、凛とした佇まいを備えており、そのクールで厳しく引き締まった様子からは、焦燥感は全く感じられない。
トレードマークともなっているスリムスタイルのズボンを身に着けているが、それは彼女の長くてスラリとした足をより魅力的に見せており、彼女の雰囲気と見事にマッチしている。
(ハーフエルフの団長さん。ヤバ過ぎだぜ……だども、真正エルフのマルグレットさんにぁ負けるどものぅ……)
ルードヴィヒは、密かに、彼女の美しさに驚嘆していた。
彼女は、装備からするに、リリエンタール一刀流の使い手で、ルードヴィヒが鑑定したところ、レベル65の魔法剣士だ。
オーラは第5チャクラ(喉)が開いていることを示す青だが、これは具体的な技を抽象的な概念に落とし込むスキルを身に着けていることを意味する。
(まあ……ダリ兄さに肉薄する実力者っちぅとこだぃのぅ……こらぁ面白れぇ……)
やっとまともな試合ができそうだと、ルードヴィヒは期待で胸が躍った。
ヒルト:剣の柄の部分に拳を守るために取り付けられたアーチ状の部分
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