第113話 狼の紐 ~その1~(1)
自分の暗殺防止という出来事に加えて、カールの難聴が回復するという感動的な出来事があって、コンスタンツェは深い感謝の念を覚えたが、ルードヴィヒに寄せる自らの心持ちというものがぐちゃぐちゃになっており、彼に接する方針も揺蕩っていた。
暑くもないのに豪華な扇子を広げると、ヒラヒラと扇ぎ始める。
コンスタンツェは、ルードヴィヒについて整理してみる。
1.彼はこの上ない美貌、驚異的な勉学の才能と魔法剣士として規格外の実力の持ち主である。
2.心に正直に言って、ルードヴィヒは初恋の人であり、彼への恋慕の思いは、日々強くなっている。自分は、彼と結ばれるならば、身分に拘わらず、愛妾・愛人でもよいと割り切った。
3.ルードヴィヒは、アース・ドラゴンやベヒモスといった、超高位魔獣を少数パーティーで討取った戦闘巧者である。その真の実力は不明である。
4.聖ロザリオ商会に多額の出資をするなど、多額の資産を持っている。その総額は不明である。
5.神の使徒と噂されており、神に祈りを捧げることで奇跡を起こせることができる可能性が高い。庶民の間で評価が高まりつつある。
6.聖ロザリオ商会、血の兄弟団、トネリコ友愛会などを通じた情報網を持っており、その情報収集力はDer Geheimdienst des Großherzog(大公の秘密機関)と同等、あるいはそれを凌ぐ可能性がある。
7.アーメント男爵夫人及びアイゲンラウヒ男爵夫人の庇護者として、既に社交界デビューを果たし、名士としての地位を確立しつつある。
8.実母のローゼンクランツ夫人は、大公の寵愛を背景に、大きな権勢を有している。
9.祖父のローゼンクランツ翁の権勢は衰えておらず、その軍事的動員力は大公といえども無視し得ないものである。
ここまで考えて、コンスタンツェは、考えるのがバカバカしくなった。
15歳の少年として規格外というにとどまらず、成人としてみても、無視しえぬ存在だ。もし、ルードヴィヒが、悪だくみをして、クーデターでも計画された日には、存外成功してしまうかもしれない。
例えて言えば、途轍もなく強い狼が、アウクトブルグという羊の群れの中に放たれたようなものだ。幸い狼の性格は、おおらかでのんびりしているから事故は起きていないものの、万が一の場合があったときに、狼を牽制するための備えがホーエンシュタウフェン家には十分であるとは言い難い。
先日、臣従礼(Hommage)を行ったことで、形式的には臣下にはなっているが、これは例えて言えば細い糸のように頼りない。
鎖や綱とは言わないまでも、もう少し太い紐くらいは付けられないものだろうか?
(お父様は、私の色香で籠絡することを考えているようだけれど……私が真の意味での恋人になれれば綱くらいにはなれるかな?……でも、それを今すぐというのは無理だわ)
そして、彼女は、ルードヴィヒを攻略すべく、自慢のgrey matter(灰色の脳細胞)を必死に働かせる……。
(そうよ! 私、彼をRote Ritter(赤の騎士団)にスカウトしようと思ってたんじゃない。団長のエーベルハルト中佐なら、ある程度形にはしれくれるはず。”初心忘るべからず”よ)
こうしてコンスタンツェは、当面の方針を固めた。
”男をつかむなら胃袋をつかめ”作戦は、今日もまだ継続中だ。
いつもどおり、コンスタンツェとルードヴィヒは校庭で食事をしていた。
それが一服して、コンスタンツェは、おもむろに言った。
「あなた。Rote Ritter(赤の騎士団)に入りなさいよ。悪いようにはしないから」
「ええっ! そりだども、おらぁまだ学園生だがんに」
「別に常勤とは言っていないわよ。非常勤で構わないから」
「実は、こねぇだミヒャエルに頼まれて、鷹の爪の予備役兵を引き受けちまったとこだども……」
(くっ。ミヒャエルの奴、やってくれたわね……)
「予備役兵なんて、戦争がなければ出番はないんでしょう。それならば、掛け持ちも可能よ」
「そらぁそうかもしれんが、実は、もう一つ、Blaue Ritter(青の騎士団)にも誘われとって……」
(なんですって! 兄妹の仲がいいのも、たいがいにしなさいよ!)
「あなた。嫡出子の私と妹とはいえ庶子のマリア・アマーリアと、どっちをとるのよ。お父様はあなたと臣従礼(Hommage)を交わしたのよ。これは命令よ」
「んーん。そこまで言われちゃあ、しゃあねぇのぅ……」
「ならば、Rote Ritter(赤の騎士団)に入ってくれるのよね」
「わかったっちゃ」
「ならば、よろしい。さあ、こちらのお茶菓子もおあがりなさい」
「おぅ。悪ぃのぅ。あがらしてもらうっちゃ」
◆
コンスタンツェは、カールが描いているルードヴィヒの裸体画の完成を心待ちにしていた。
カールは、完成するまでは見せられないの一点張りだった。
そのカールも、会話訓練が順調に進んでおり、ほぼ違和感なくしゃべれるようになっていた。
そして、待ちに待った完成の日が来た。
「姉さん。見てくれるかい。僕の最高傑作を」
そう言うとカールは、絵に被せられていた白い布を取った。
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