第112話 使徒(2)
ルードヴィヒは、無詠唱で闇系の再生の魔法を発動した。ハンセン病の者たちを治したアレである。そのときと同様に、魔力の力で強引に患部の傷をなかったことにできないか試したのだ。
ルードヴィヒは、目を閉じているカールに呼びかけた。
「大公子様。どうでぇ? おらの声が聞こえるけぇ?」
カールは、パッと目を開けた。驚きで目を見張っている。
そして、言葉を発しようとした。
「ぎ・ぎ・ご・え“・・・」
だが、上手く発音できないと悟ると、筆談帳に殴り書きをした。
『ローゼンクランツ卿の声が良く聞こえます』
「そらぁえかったがんに。大公子様の祈りが神に通じたに違ぇねぇこっつぉ」
カールは、ルードヴィヒと握手すると、喜びを表すようにブンブンと勢いよく上下に振った。そして、部屋を勢いよく飛び出して行った。
コンスタンツェに、一刻も早く朗報を届けたいのだろう。
ルードヴィヒは、その後を、ゆっくりと追った。
ルードヴィヒが追い付くと、カールが、まさにコンスタンツェに話しかけているところだった。
「ね”・ね”・え”・・・・」
「何よ。カール。どうしたっていうのよ?」
カールが突然にしゃべろうとしているので、コンスタンツェは当惑したようだ。
カールは、じれったくなって、筆談帳に殴り書きをする。
『姉さんの声がはっきり聞こえる』
「ええっ! まさか……」
コンスタンツェは、思わずルードヴィヒを見つめた。
(やってくれたわね。この準男爵さんは……)
その言葉とは裏腹に、コンスタンツェは、嬉しさで顔がほころんでいた。
「よかったわね。カール」
コンスタンツェが、そう言うと、姉弟はどちらからともなく抱き合った。二人とも涙が込み上げて来て、止まらなくなり、嗚咽している。
それを見ていたマリア・アマーリアも、ルードヴィヒに駆け寄ると、その胸でもらい泣きしていた。
その感動の場面を見て、ルードヴィヒは、少し冷めていた。
(こらぁやっちまったかもしれんのぅ。そんだども、大公子様を、あんまんまにしとくわけにゃあいかんかったし……しゃあねぇのぅ……まあ……Es kommt wie Es kommt……)(なるようになるさ……)
ひとしきり泣いて、落ち着くと、カールは筆談帳に書いた。
『ローゼンクランツ卿は、僕の祈りを神に届けてくれました。彼が神の使徒だという町の噂は本当だったんですよ』
「そうね。そうかもしれないわね」
『姉さんは、ローゼンクランツ卿が好きなんでしょう。だったら、何をおいても彼と結婚すべきです。僕は、全力で応援します』
「カ、カール。いったい何を言っているのかしら?」
『姉さんは、もっと自分の心に正直になるべきです。お弁当を作るなんて回りくどいことじゃなくて、素直に告白すればいいじゃないですか』
「女には、男にはわからない女の都合というものがあるのよ」
カールが筆談であるため、ルードヴィヒには、内容がわからなかったが、様子がおかしいので、ルードヴィヒは話しかけた。
「大公女様。なじょしたがぁ?」
コンスタンツェは、素早く、筆談帳を隠した。
「いや。たいしたことじゃないのよ。
それにしても、ローゼンクランツ卿。カールの祈りを神に届けてくれたそうね。礼を言うわ」
「いやいや。あらぁ大公子様が敬虔な信徒だすけ、神が祈りを聞き届けてくれたがぁてぇ」
「そうかしら? この間のハンセン病の患者たちといい、カールといい、2度もその場に居合わせておいて、今更、言い逃れはできないと思うけど……」
「いやぁ、ハンセン病の患者たちは、たぶん聖女様が……」
「あんな怠惰な聖女様が、そんなことをできる訳ないでしょう!」
「はあ? 大公女様は、聖女様んことを知ってるがぁ?」
「もちろん面識はあるわよ」
「そうけぇ……」
(こらぁおごったぁ……使徒どころか、禁忌の闇魔法を使ったなんて言えねぇし……)
そこで、マリア・アマーリアが口を挟んだ。
「大公女様。私もお兄様は使徒だと思いますけれど、それならば、それに見合った形で遇するべきなのではないですか? ねえ、お兄様」
「えっ! そらぁ……そのぅ……”使徒”って、どういう意味だったかぃのぅ……」
「それは、”神から使命を啓示された者のこと”よ」
「そうすっと、神の使命っちぅんが、そっけいっぺえあるんは、いねえでねぇけぇ?」
「それは、神からの使命というものは、個別具体的なものではなくて、もっと崇高なものなのよ」
「何でぇ? 崇高な使命っちぅんは?」
「それを私に聞かないでよ。あなた! 本当に神の声を聞いたわけじゃないの?」
「おらぁ、そっけ真面目な信徒でねぇすけ、神の声なんぞ聞いたこたぁねぇ」
(ミカエルの声は聞いたどものぅ……嘘は言ってねぇし……)
「わかったわ。あなたが、そこまで言うのならば、そういうことにしておきましょう」
「そらぁともかく、せっかく大公子様が聞こえるようになったんだすけ、しゃべる練習でもしたらええんでねぇけぇ」
「それもそうだわね……」
その日は、それ以降、カールの会話訓練に明け暮れた。
カールの難聴が治ったというニュースは、あっという間に、アウクトブルグ中を駆け巡った。
同時に、カールが祈りを捧げた場に、ルードヴィヒが居合わせたという情報とともに……。
それまで、ルードヴィヒが使徒だという噂は、冗談半分でアウクトブルグの町に流布していたが、これにより、その噂は真実味を帯びることになった。
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