第112話 使徒(1)
しばらくして、昼食となった。
昼食の席には、マリア・アマーリアが来ていた。彼女は、コンスタンツェと大の仲良しであり、ルードヴィヒが大公女宮を訪れると聞いて、押しかけて来たのだ。
「お兄様!」
そう言うと、マリア・アマーリアは、凄い勢いでルードヴィヒに抱きついてきた。それをルードヴィヒは受け止める。
実は、父の大公が経緯を知っているということもあり、コンスタンツェには、マリア・クリスティーナは叔母ではなく、実母であることを、カミングアウトしていた。
マリア・クリスティーナのところへは、初訪問以来、度々訪れており、親しくんなるうちに方言で話すようになっていた。その間に、マリア・アマーリアは、ルードヴィヒに懐いて、すっかりお兄ちゃん子になっていた。
「お兄様っ! 寂しかったんですからね」
……と言う、マリア・アマーリアは、薄っすらと涙ぐんでいる。
「大袈裟でねぇけぇ。こねぇだ会ったばっかしだもぅさ」
ルードヴィヒは、マリア・アマーリアを抱き返しながら言った。
「だって……寂しいものは、寂しいんですぅ!」
マリア・アマーリアは、駄々っ子のように言い返した。
「しゃあねぇのぅ……」と言いながら、ルードヴィヒは、マリア・アマーリアの頭を優しく撫でた。
マリア・アマーリアは、ルードヴィヒの胸に顔を埋めて甘えている。
「もう……本当に従兄だったら、結婚できたのにぃ」
「何言ってるんでぇ。おらたちは、血がつながってるがぁぜ」
「わかってますよう」
そんな二人を、コンスタンツェは、羨ましそうに眺めていた。
(妹特権とはいえ、ズルいわ……結婚できないなんて、贅沢よ!)
「兄妹仲がよろしいのは結構ですけれど、そろそろよろしいですか?」
コンスタンツェが若干の皮肉を込めて言うと、マリア・アマーリアは、真っ赤になってルードヴィヒから離れた。
それから、コンスタンツェ、カール、ルードヴィヒ、マリア・アマーリアの4人で楽しく昼食をいただいた。
カールは、自分に慣れているコンスタンツェとマリア・アマーリアは別として、ルードヴィヒが障害者である自分を見下すことが全くなく、一人前の男として尊重してくれていることに感銘を受けていた。
最後のデザートに、紅茶とドライフルーツを使ったパウンドケーキが出された。
「これは、私が自力で作りましたのよ」とコンスタンツェが自信なさげに言った。
「一人でけぇ。そらぁ豪儀えっそぇこったのぅ……」
「皆さんのお口に合えばいいんですけれど……」
「そんだば、そんまあがらしてもらうすけ」
「どうぞ……」
ルードヴィヒは、いかにも男子っぽく、パウンドケーキをパクついた。
そして、一言……。
「おおっ! 美味ぇのぅ」
「本当に?」とコンスタンツェは自信なさそうに言う。
「大公女様も豪儀腕を上げたもぅさ」
それを聞いたコンスタンツェの表情が、パッと明るくなった。
ルードヴィヒは、自覚していないが、逆に”女は褒め落とせ”作戦に差し変わったようでもある。
そして、午後……。
カールは、ルードヴィヒの姿は覚えたので、もうポーズをとる必要はないと筆談で言った。
カールがサヴァン症候群であることを知っているコンスタンツェは、当然、納得した。
一方、ルードヴィヒは、思うところあって、カールと男同士で話がしたいと言い出した。
コンスタンツェは、意図を計りかねた。
(カールと二人で話がしたいなんて……まさか、”お姉さんをお嫁にください”とか……なんて、弟に言う話じゃないわよね……)
だが、断る理由もないので、ルードヴィヒとカールは、カールの部屋で二人きりとなった。
ルードヴィヒは筆談でカールと話をする。
『耳が悪くなったのはいつからですか?』
『7歳で熱病に罹ったときからです』
『どんな治療を、これまで受けましたか?』
『あらゆる薬師の薬を試しましたし、光魔導士の治癒魔法も試しましたがダメでした』
『ヴィートゥス司祭の治療は受けましたか?』
『受けましたがダメでした』
『アウクトブルグ大聖堂の聖女様はどうですか?』
『聖女様にも診てもらいましたが、ダメでした』
(ん~ん? 聖女様っちぅんはぜんぜんダメでねぇけぇ。おそらく慢性化しちまって、治癒力を高めてもダメっちぅことか……ほうしると、あれしかねぇかのぅ……)
『わかりました。後は神に奇跡を祈るしかないようです。二人で一緒に祈りたいので、目を閉じてもらえますか?』
『承知しました』
カールは、何も疑うことなく、目を閉じた。
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