第110話 史上最大の作戦 ~その2~(2)
鐘を聞いたルードヴィヒが立ち上がった。
彼は、昼食は三毛猫亭でとることが多かった。学園から少し離れてはいるが、転移魔法でこっそり通っていたのだ。
しかし、コンスタンツェは、満を持して待ったをかけた。
「ちょっと、あなた。昼食がいつも外食なんて、体に悪いわよ」
「ん? そうかぃのぅ」
「そうよ。今日は、私のお弁当を分けてあげるから、食べなさい」
「ええっ! そぃじゃあ、大公女様の分が……」
「今日は、たまたま作り過ぎちゃったのよ。食べるのを手伝ってちょうだい」
「そんだば、ありがたくあがらしてもらうことにすっかのぅ」
「では、教室で食べるのも味気ないから、校庭で食べるようにしましょう」
「おぅ。わかったっちゃ」
コンスタンツェは、腕を差しだした。
また、腕を組むからリードしろというアピールだ。
ルードヴィヒとは、もはや反射のように、さっと腕を組むと、リードをする。もう、慣れたものである。
(こういうのが上手すぎるのも、女の子を不安にさせるのよねえ。わかっているのかしら……)
「そこの荷物を持ってきてちょうだい」
「おらっ? ヴァールブルク嬢はいねぇんけぇ?」
「彼女は重要な用事があるそうよ」
「大公女様の警備はどうすんでぇ?」
「あら。あなたがいれば大丈夫じゃない。それとも、あなたは私を守ってくれないのかしら?」
「すっけんこたぁねぇども……」
そう言うと、ルードヴィヒは荷物を持った。
二人はそのまま校庭へと移動する。
「じゃあ、この辺りにしましょう」
「おぅ。わかったっちゃ」
そこで用意されていたシートを敷き、そこに二人で座る。
コンスタンツェは、手ずから昼食を取り出して準備した。
「さあ。お食べなさい」
「おぅ。悪ぃのぅ。いただきます」
ルードヴィヒは、サンドイッチを手にとるとパクついた。
「うんめぇのぅ。さっすが大公女宮のシェフは違うのぅ」
「私も、少しだけ手伝いましたのよ」
……というコンスタンツェは照れている。
コンスタンツェは、古来から言われる”男をつかむなら胃袋をつかめ”を実践しようとしたのである。
彼女は、作戦の立案に当たり、様々な人から意見を聞いていた。
その中で一番彼女の心を打ったのがRote Ritter(赤の騎士団)の副団長を務めるアルビーン・フォン・ウェバー少佐の言葉だった。
彼は、コンスタンツェから意見を聞かれるとしみじみと言った。
「いつも戦いは辛いものだぜ」
「確かに、恋は戦いのようなものだわね。それで、あなたならどういう作戦がいいと考えるのかしら?」
「うちの婆さんならこうするね!」と言い、ウェバー少佐が語ったのが”男をつかむなら胃袋をつかめ”作戦だったのである。
だが、それには準備時間が少々不足していた。
「そんだば、このサンドイッチは大公女様が作ったがぁ?」
「いや。私はキュウリを切ったり……」
「へえ。それから?」
「ですから……キュウリを切ったり……」
ルードヴィヒは、それ以上の追及はまずいと思ったが、ちょうど今食べているのがキュウリとハムのサンドイッチだったので、開いてみた。
確かに、不格好な形のキュウリがいくつか混ざっていた。
「いやん。見ないで……」とコンスタンツェは恥じらった。
この変な反応に、ルードヴィヒは、何かエッチな事をしてしまったような気分になった。
「わかったてぇ……もう見ねぇすけ……」
それからのコンスタンツェは、あれを食べなさい、これも食べなさいと、どんどん料理を勧めてくる。
まるで、田舎に帰省したときのお婆ちゃんのようだ。
(世話焼きの大公女様らしいのぅ……)
男たるもの、こういった献身的なつくす女を嫌いなはずはない。
結局、昼食が終わった後も、休み時間が終わるまで、二人は談話して過ごした。
当然に、会話の主導をとるのは、コンスタンツェであった。
コンスタンツェの”昼食の作り過ぎ”は翌日も、その翌日も……そして、エンドレスで続きそうな勢いであった。
しかし、ルードヴィヒは気づいた。
日々、不格好な形の食材や微妙な味付けの料理の量が徐々に増えていっていることを……。
そして、"わざわざ自分のために頑張ってくれているのではないか"ということに思い当たり、頬ほほが熱くなるのを感じた。
(いんや、自惚れ過ぎだぃのぅ……)
慎ましい性格のルードヴィヒは、過剰な期待だと、これを否定してしまった。





