第108話 占い師
「ところで、早速で悪いが、ここにいるヒルデさんと魔女の契約をしてくれねぇかのぅ」
「ああ。わらわは、魔女団を抱えていないから、第一号になるね」
「そんだば、よろしくのぅ」
ヒルデは、これまで契約していた下級悪魔とは全く格の違うアスタロトの力の強大さを感じ、怖気づいた。
恐る恐るアスタロトの前に進み出る。
アスタロトは彼女の肩に噛みつくと吸いだした血をヒルデに吐きかけた。
「さあ。誓いの言葉を言いな!」
ヒルデは片手を額に、片手を踵につけて誓いの言葉を述べる。
「私は汝に私の両手の間にある一切のものを与える」
こうしてヒルデは魔女となり、アスタロトに一生仕えることを誓った。
ルディがルードヴィヒに確認する。
「こちらの三人の魔女はどうされますか?」
「もうええよ。こいつらの面倒まではみてれらんねぇ。後は、放置プレイっちぅことで……真っ当な人間に戻れるかは、自己責任だ。まあ、それも難しいろぅがのぅ……」
「Zu Befehl mein Gebieter」(おおせのままに。我が主様)
こうして、ヒルデは、はぐれ魔女の境遇から脱出し、ローゼンクランツ新宅に住まいながら、ルードヴィヒの監督下で、占い師を続けることとなった。
一方、現実世界で暮らすため人間の姿に変化したアストリットことアスタロトは、怪しい色気を放つとんでもない美女だった。
さすがに格が高すぎて、使用人にはし難かったので、マリアの夫の遠い親戚の未亡人ということにして、アストリット・フォン・アイゲンラウヒ男爵夫人を名乗ることにした。
もちろん、ルードヴィヒが庇護者というポジションである。
これまた人間の姿に変化した火竜のペーターは、ロマンスグレーの頭髪の品のいい初老の紳士だった。
彼は、従者(外出先に随行し、服装や素行に問題がないかをチェックする上級使用人)をやることになった。
しかし、先日の怪しい魅力に満ちた未亡人のヘカティアに加え、今回も妖艶な魅力あふれる未亡人のアストリットをローゼンクランツ新宅に住まわせることとなってしまったのだ。
クーニグンデは当然のごとく怒り狂い、ルードヴィヒは、例によって、毒の制裁を受けてしまったのだった。
◆
逃げ回る必要がなくなったヒルデを、Rote Ritter(赤の騎士団)の情報将校は、すぐに探し当て、大公女宮に招いた。
妙齢の美人のうえ、もろに魔女の恰好をしているヒルデを見て、コンスタンツェは、少し違和感を抱いた。
(本当にコスプレなの……? でも、まさかねぇ……)
コンスタンツェは、早速に用件を切り出した。
「とりあず、今私は重要な計画を実行に移そうとているの。その吉日を占ってもらえるかしら?」
「その計画の内容を教えてもらえると、より正確に占えますが、いかがですか?」
ここまできたらままよと思い、コンスタンツェは、ちょっと頬を赤く染めながら言う。
「実は、心を寄せている男子にモーションをかけようと思って……」
「そうですか……」とヒルデは、驚きもせず言った。恋愛相談は占いの定番中の定番であるから、それもそうだ。
「では、ここにあるカードの山を占ってもらいたいことを念じながら左手で混ぜてください」
「はい。わかりました」
コンスタンツェが必死の思いでカードを混ぜ続けていると、占い師に「もういいですよ」と止められた。
タロットカードのヘキサグラム(並べ方)はいろいろあるが、今回は"生命の樹"という比較的難易度の高い並べ方でやるようだ。自分自身や決められた相手の真の姿を占うのに適している。
カードを見ながらヒルデは結果を話していく。
「あなたは、感受性が豊かで人の気持ちを自分に重ね合わせて考えることが得意なようですね、それだけに面倒見がよく、困っている人がいると放っておけない質なのではありませんか?」
「ま、まあ、そんなところです……」
(もろに当たってるじゃない! そんなことまでわかるの?)
「一方で、恋愛に関して防衛本能が強く、彼に対しても素直に好意を伝えられていないのではないですか?」
(そうなんだけど、痛いところを、突いてくるなあ……)
「確かに、そんなところがあります……」
「あなたの想い人の方ですが、個性的な自由人ですね。知的な面があり、冷静でクールです。新しい物好きな面もあるようです」
「なるほど、なんとなくわかります」
「それだけに、我が道を行くところがあって、恋愛のサインもはっきり出してあげないと伝わらないでしょう」
「そうそう。そうなんですよ。でも、私、ついつい感情的になって、無理やり彼の世話を焼いちゃっているところがあって……本当は嫌がっているんじゃないかと心配で……」
「彼には、あなた以上に親密に世話をしている女性がいるようです。その意味では世話をされ慣れていますから、おそらくはあなたの世話焼きを負担には思っていないでしょう」
「それはいいのですが……その女性って?」
「大丈夫ですよ。恋人関係ということではなさそうです。ただ、将来的にはわかりませんが……」
(安心していいのか、心配していいのか……)
「そこでのあなたの計画ですが、機は熟していると思います」
「具体的な日にちまでわかりますか?」
「もう来週前半くらいから好機は始まっています。保守的なあなたですから、あまり躊躇して遅れることになりますと、好機を逃すことにもなりかねませんので、気をつけてください」
(そうかぁ……早速来週かぁ……心の準備がたいへんだなあ……)
「ありがとうございます。お代はいくらですか?」
「大銅貨が3枚です」
「そんなに安くていいんですか?」
「身分によって差はつけていませんので……」
「そうですか。今日は、どうもありがとうございました」
そして、帰りかけたヒルデが振り返ると、思い出したように言った。
「そうそう、ついでですからサービスで特別に簡単な恋愛成就のおまじないを教えてあげます」
「本当ですか!?」
コンスタンツェは期待で目をキラキラさせている。
「じゃあ言いますね。あなたの好きな人と目が合ったら、逸らさずに3秒間見つめ続けてください。それだけです」
「ええっ。たったそれだけ……」
考えてみるとちょっと恥ずかしいが、難しくはなさそうだ。
「あら。効果を疑っていますね」
「そんなことは……」
「実は見るという行為は、呪をかけるということにつながるんです」
「呪……ですか……」
「呪といっても悪いことじゃないから気にしないで」
「そうなんですか」
「それで、1回では効果が薄いから、何度も繰り返すの。相手も3秒間見つめ返すようになったら、告白してみてください。たぶん上手くいくはずです」
「そうですか。じゃあ……考えてみようかな……」
「所詮はおまじないなんだから、気軽に試してみてください」
「わかりました。今日は本当にありがとうございました」
こうして、コンスタンツェの大作戦の決行日が決まった。
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