第107話 東の美魔女(2)
「そうけぇ。はぐれ魔女のぅ。おめぇさんも、魔女になったたぁいえ、悪に染まり切れなかったっちぅことけぇ」
「まあ……そういう言い方もあるね」
「そりだども、おらが悪魔をやっちまった以上、おめぇさんも力の源泉を断たれたわけだすけ、やがてはその力を失っていくわけけぇ」
「そうなってしまうわね」
「今から、まっとうな生き方をする覚悟はあるんけぇ」
「ここまで身を穢してしまった以上、難しいかもしれないね。それに、お上が裁ききれない小悪党をのさばらせておくのも、私としては気持ちが悪いねえ」
「呪殺のことけぇ。だが、それもやり方を間違えると、ただの殺人になっちまう。おめぇさんは、これまでやってきた呪殺が全て正しかったと、胸を張って言えるけぇ?」
「正しいかどうかなんてわかりはしないさ。ただ、依頼人の恨み辛みの念が強くなければ、呪殺なんて簡単にできはしない。それが、あたしの基準さ」
「なるほどのぅ……」
ルディが決断を促す。
「結局、どうされますか?」
「契約が切れたのなら、もう一度契約すりゃあええ。それだけのこってぇ」
「そうは、おっしゃられましても、どうされるおつもりで?」
「やったこたぁねえども、おらの配下となるべき悪魔を召喚して、そいつと契約すりゃあええろう。それなら、ヒルデさんも含めておらの指揮下に入ることんなる」
「それは、理屈としては可能ですが……」
「まあ……とりあえず、やるだけやってみるさ。ヒルデさんも、それでええろぅ」
「それができるなら、あたしは構わないが……」
すると、ルードヴィヒは目を閉じ、集中し始めた。
「我は求め訴えたり。オェ パギ フザムキトォド ヒヤナ ブツニタバマ ワバヤ ヤボ ヂパグカド 邪悪で傲慢なる地獄の主ルシファーよ。今日、汝の魂を我とともに在らしめ、我の祈りを聞き、汝に従う意思を高からしめ、我の僕となるべき悪魔を召喚せしめる機会に、我の譎詭の根源を行使することを助けたまえ。世々限りなき闇の精霊王と闇の精霊の統合の下、実存し、君臨するルシファーを通じ、ルードヴィヒがこれを乞い願う。かくあれ」
すると、かなり巨大な召喚陣が生じ、黒い霧の中から悪魔が姿を現わした。
そこには、ドラゴンに跨がり、右手に毒蛇を握りしめた、三日月の角を持った美しい女神の姿をした悪魔がいた。
ドラゴンは、巨大な火竜だ。おそらくは、千年のオーダーの年齢を経た古代竜だろう。
「おめぇ、おらの召喚に応じて来たがぁろぅ。名前は?」
「われはアスタロト」
アスタロトは、怠惰と不精を推奨する悪魔であり、悪魔には珍しく女性である。40の軍団を指揮する序列29位の地獄の大公爵で西方を支配する者とも称される。
「おらの力を認めて、僕となる気はあるろうのぅ」
「面白そうなことをやっているから見にきたのさ……なんて言っても信じないだろうね。実は、いい男の匂がしたから来てみたのさ」
悪魔にいい男などと言われても戸惑ってしまう。
「はあっ? どういうこって?」
「いい男と言っても、容姿もさりながら、魂の話さ」
「魂のぅ……」
「はっはっはっ……本人にまるで自覚がないとは傑作だね」
ルードヴィヒは、笑われて、少しばかり眉をひそめた。
が、気を取り直して、話を進める。
「とにかく、守護契約に応じる気はあるがぁな」
「もちろんさ。いい男は、早い者勝ちだからね」
「そんだば、そうさせてもらうぜ」
ルードヴィヒは再び目を閉じ、集中し始めた。
「我は求め訴えたり。悪魔アスタロトよ。願わくは、汝の魂を我とともに在らしめ、我の祈りを聞き、我を守護することを永久に誓約されたまえ。世々限りなき闇の精霊王と邪悪で傲慢なる地獄の主ルシファーの統合の下、ルードヴィヒがこれを乞い願う。かくあれ」
すると、アスタロトは、神秘的な光に包まれた。これで、守護契約は完了である。
「では、主様。現実世界で活動するに当たって、われとこいつに名前を付けてくれるかい」
「んーん?……そんだば、おめぇはアストリット、火竜の方はペーターでどうでぇ」
「ああ気に入った。それでいいよ」
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