第11話 鷹の爪傭兵団
神聖ルマリア帝国は、帝国としての常設の軍隊というものを持たず、危難があるときに帝国の諸領邦から兵員を招集して神聖ルマリア帝国軍を編成し、帝国戦争(対外戦争など)や帝国執行(帝国内領邦への軍事介入など)を遂行していた。
この際、諸領邦には伝統的に決められた一定の招集割合が課された。
神聖ルマリア帝国軍の編成には、帝国議会の同意が必要とされていたが、現在のような三すくみの状態ではそれもかなわない。
ちなみに、帝国議会は、現在のような立法機関ではなく、有力諸侯を集めた交渉の場、すなわち中央フォーラムのような存在である。
これに対し、皇帝軍は、皇帝が直接帝国内から兵員を招集するもので、必然的に自国の兵員を主体とした軍隊となった。
現在は、皇帝軍と元皇帝軍が相争う構図となっている。
このような情勢であるから、兵員の不足を補うため、金さえ払えば調達できる傭兵団の存在は非常に重宝されており、社会的な影響力も高まってきていた。
ローゼンクランツ家は、子爵家という下位貴族の家柄にもかかわらず、帝国内において絶大な軍事的影響力を持っていた。
歴代当主の直接・間接の剣術の弟子は膨大な数に上っており、帝国各地の領軍で要職を占めている。彼らは師匠筋のローゼンクランツ家に絶大な尊敬の念を抱いており、当主が要請すれば馳せ参じるであろうことから、その動員力は侮れるものではなかった。
さらに、グンターは、帝国最大級の規模の鷹の爪傭兵団に対し、大きな影響力を持っていた。
グンターは直接・間接の弟子たちを多数同傭兵団に送りだしているし、莫大な資金も提供しているうえ、マリア・テレーゼが開発した武器・防具に関する高度な技術も提供していたのである。
このため、鷹の爪傭兵団総長のワレリー・フォン・ヴァレンシュタインにとって、グンターは頭が上がらない存在であった。
◆
ルードヴィヒは、テーリヒの町にある、鷹の爪傭兵団の本部へと向かっていた。
祖父のグンターから、テーリヒの町へ行ったら、表敬訪問するように厳命されていたからである。
迷ったが、ニグル、クーニグンデたちは連れてこなかった。血の気の多い傭兵たちに挑発されて諍いごとでも起こしたら後が面倒だと思ったからである。
「てめえ! 誰だ? ここはてめえのような坊ちゃんの来るようなところじゃねえ」
傭兵団の本部駐屯地へ着くと、厳つい顔の門番が威嚇するような声で誰何してきた。
だが、熟練した武芸者で溢れるシオンの町で育ったルードヴィヒにとって、この程度のものは威嚇の内に入らない。
門番に向かって平然と答える。
「おらぁルードヴィヒちぅだ。総長さんに会いに来たがぁども、いるけぇ?」
門番は、目の前にいるたいして強くも見えない優男の少年に、雲の上の存在である総長に会うなどと言われ、気分を害した。
「総長がてめえみたいなガキに会う訳ないだろう。怪我をしないうちに帰りやがれ!」
「そう言われてものぅ。先触れの手紙は出しとったがぁども……」
どう対処しようか考え始めたとき……
「失礼ですが、ルードヴィヒ殿でしょうか?」
ときちんとした軍装の若い男に声をかけられた。
「おぅ。そうだども……」
「これは准尉殿。こんなところまで来られて、どうされました?」
門番は、若い男に向かって敬礼すると、不思議そうな顔で尋ねた。
「バカ者! ルードヴィヒ殿を迎えに来たにきまっているではないか。ルードヴィヒ殿は、ローゼンクランツ翁のお孫さんだ。まさか無礼を働いていないだろうな?」
「そ、それは……もちろん……」
門番は、冷や汗ものの顔をしている。
ルードヴィヒは、このような小物のために、告げ口的なことはしないことにした。
准尉の男に総長室へと案内される。
帝国最大規模の傭兵団だけあって、総長室は随分と豪華な雰囲気の部屋だった。
「これはルードヴィヒ殿。よくいらっしゃいました。私が総長のワレリー・フォン・ヴァレンシュタインです」
「おらぁルードヴィヒだっちゃ。よろしく頼まぁ」
そして、横に控えていた人物を紹介される。
「こいつは私の末子で、ミヒャエルといいます。これ。ご挨拶しなさい」
ミヒャエルは、いつもは威厳のある父の低姿勢な姿を見て、不快に思っていた。見るからに不機嫌な顔をしている。
(けっ。爺の七光りに過ぎないくせに……)
「ミヒャエルだ。よろしく」
「おぅ。よろしく頼むっちゃ。ほうだども、おめぇちっこいのぅ。歳はいくつでぇ?」
ミヒャエルは、ルードヴィヒよりも頭一つ身長が小さい。
顔も柔和なので、少女のように見えなくもない。
一方の、ルードヴィヒの身長はほぼ180センチメートルだ。ドイチェ地方の人々は体格が大きく、男性の平均身長は185センチメートルくらいなので、ルードヴィヒは平均に届いていなかった。様々な才能に恵まれた彼は、身長にだけは恵まれていなかった。
だが、彼はまだ15歳の成長期だ。本人は、まだこれから伸びると期待しているのだった。
ルードヴィヒの質問はミヒャエルの癪に障ったようだ。
「15歳だ」とむくれた顔で答える。
「なんでぇ。おらと同じでねぇか」
ミヒャエルは、そっぽを向いて不快感を表している。
「気に障ることを言いやがって。俺より背が高いからってなんだってんだよ」
「おぅ。悪ぃな。バカにしとるわけでねぇすけ……」
そこにワレリーが割って入る。
「まあまあ。二人とも……ところで、ルードヴィヒ殿。今日は団内の紅白試合があるのですが、ぜひご覧になっていきませんか?」
「そらぁ面白そうだのぅ。ぜひ見してくれや」
そして、ミヒャエルは試合に参加するらしく退室し、ワレリーとたわいのない会話をしながら時間をつぶしていると、準備ができたとの知らせが来たので、試合場に向かう。
見てみると、中隊規模の軍どうしで試合をするようだ。
驚いたことに、片方の軍の指揮官の脇にミヒャエルが控えていた。副官ということなのだろう。
「ミヒャエルは副官なんけぇ? そらぁ豪儀だもぅさ」
「ミヒャエルは体格には恵まれませんでしたが、軍師の才能があるようでして……ハハハ……親バカと笑ってください」
「んにゃ。楽しんで見してもらうすけ」
ミヒャエルがいる方が赤軍でもう一方が白軍だ。
いよいよ試合が始まった。
いきなり赤軍が右翼を伸ばし、白軍の包囲を試みる動きを見せた。これに対し、白軍は対抗して逆包囲しようと左翼を大きく伸ばす。
白軍は大きく左翼に伸びたせいで、戦列が薄くなった場所ができた。
赤軍はこれを見越して、対峙する箇所の戦列を厚くしていたようだ。これを紡錘陣形に整えると、一気に白軍に突撃させた。突破して白軍を分断する意図と見受けられる。
「なかなかやるもんでねぇけぇ」
「はあ。恐れ入ります」
ここまで見ると、赤軍の作戦勝ちのように思える。
しかし、白軍は突破させじと耐えている。時間をかせいでいるうちに誘われたと思った白組の逆包囲の陣形の方が完成してしまい、形勢は一気に逆転する。
結果は白組の圧倒的な勝利に終わった。
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