第105話 神の奇跡(2)
一通り治療を終えて、ルードヴィヒは、静かに言った。
「もう、ええぜ」
ハンセン病だった者たちは、目を開けると呆気にとられた。周りの者の醜く崩れた容姿がきれいになっている。
自分の顔も触って確認するが、治っているようだ。
「ぷっ。おまえそんな顔をしていたのかよ。意外にいい男じゃねえか」
「そういうお前こそ……」
「ああ。こんな容姿じゃ一生お嫁にいけないと思っていたけれど……希望が湧いてきたわ」
そして、皆がルードヴィヒに平身低頭した。
「やめてくれや。照れるすけ……」
「しかし、聖女様でも治せなかった病気を治していただけるなんて……あなた様はいったい……」
「はぁっ? 聖女様? すっけな人がおるんけぇ?」
「ええ。アウクトブルグ大聖堂には、神に祈りをささげ奇跡を起こすと言われている聖女様がおられます」
「ふ~ん。そりだども、その聖女さまっちぅ人も、この程度のことができねぇたぁ……どんなもんかぃのぅ」
「そんなことより、あなた様は、もしかして神の化身か何かなのではないですか?」
「何言ってんでぇ。すっけなわけなかろう」
「では、神の使徒なのでは?」
「ええっ!いやぁ、それも違うすけ」
ルードヴィヒは、使命は違うものの、いちおう”使途”ではある。それを言い当てられて、ちょっとびっくりした。
そこに、騒ぎを聞きつけたエルレンマイヤーが恐る恐る入ってきたが、元患者たちの姿を見て、目を見開いた。皆の容姿が治っているではないか。
「こ、これは……いったい、どうしたことだ……」
元患者の一人が進み出て言った。
「司祭様。ここにおられる使徒様が奇跡を起こして治してくれたんです」
(”使徒”だと……そんなバカな……)
……と思いつつも、エルレンマイヤーは鑑定スキルでルードヴィヒのジョブを念のため確認してみた。
彼ほどの能力があれば、フェイクのスキルを突破して、サブのジョブまで見ることができる。
そして、驚愕した。
ルードヴィヒのサブのジョブには、本当に”使徒”とあるではないか。
(シオンの町で挨拶をしたときには、このようなジョブはなかったはずだが、その後に何かがあったということか。それにしても、民衆というものは、時として鋭い勘を発揮するものだな。見事に当たっているではないか……)
「とにかく良かった。彼が使徒であるかどうかはともかく、神が奇跡を起こされたのだ。これも皆の普段の行いが認められたということだ。これからも励みなさい」
「「はいっ!」」
その場は、そんな感じで感動的に締めくくられた。
しかし、エルレンマイヤーは悩んでいた。
ルードヴィヒが使徒であるという事実は、教会としては看過できない事実だ。
だが……。
(それは、今、公表すべきことなのか……)
実は教会も、権謀術数の渦巻く、油断ならない世界だ。
そこに、今のルードヴィヒを巻き込んでしまってよいものか
(やはり、今ではない……)
エルレンマイヤーは、当分の間、この事実を胸の奥にしまっておくことにした。
大公女コンスタンツェは、いつものごとく奉仕活動の場に来ていた。
彼女はドロテーから、ルードヴィヒが奉仕活動に参加することをあらかじめ聞いており、彼の動向に注目していた。
ところが……。
怪我人・病人がいるエリアに、突然、神々しい光が満ち、金色の粒子が舞飛んでいる。
(あれは……治癒の魔法なの? しかし、あんな広範囲になんて、聞いたことがない……)
魔法は詠唱がなかったので、発動者ははっきりとはわからない。
しかし、コンスタンツェは、発動の直前、怪我人・病人がいるエリアの中心にルードヴィヒが歩いていくのを見ていたし、あの光は彼を中心に発生したように見えた。
(なんて……考えるまでもなく、彼以外にあり得ないわよね……)
更には、隔離された患者のところに向かったではないか。
(な、なんて無謀な……病気になったら、たいへんなことになるわよ)
コンスタンツェは、不安の心持ちで行く末を見守った。
だが、彼は無事に、そこから出てきた。
様子を聞くと、あのハンセン病の者たちが治ったらしい。
(なんですって! 神の奇跡が起こったとでもいうの!)
コンスタンツェは、我慢がならなくなり、ルードヴィヒのところまで行くと、声をかけた。
だが、なかなか素直な言葉がかけられない。
「あなた。奉仕活動なんて珍しいわね。あなたが敬虔な信者とは、知らなかったわ」
「おぅ。大公女様。んな、意地悪言わんでくれや。不信心とまでは言わんども、おらぁそんな真面目な信者でねぇがぁすけ」
「ならば、なぜ来たのよ」
「そらぁエルレンマイヤー先生に会う用事があったすけ、ついでに奉仕活動に参加しただけんがぁてぇ」
「そうなのね。聞くところによると、神の奇跡のようなことが起きたようだけれど、あなたと何か関係があるのかしら?」
「そ、そらぁ……大聖堂にぁ聖女様がいるらしいすけ、聖女様が奇跡を起こしたんでねぇけぇ」
「でも、ここのところ聖女様が奉仕活動の場に出てくるのを見たことがないのだけれど……」
「今日は、たんま気が向いたんでねぇかのぅ……」
( * ^)oo(^ *) クスクス
(なんて嘘のつけない人なのかしら……)
「まあ、そういうことに、しておきましょう。
ところで、あなた、またシャツの裾がはみ出ているわよ。直してあげるから、こっちに来なさい」
「おらっ! ええてぇ。こんくれぇ自分でできるすけ」
「あなたがやると、だらしがなくなるんです。いいから、こちらへ来なさい。これは命令です」
「そうけぇ。しゃあねぇのぅ……」
ルードヴィヒが歩み寄ると、コンスタンツェは、手ずからこれを直した。さながら、若き世話焼き女房のようである。
「さあ。できましたわよ」
「えっそけ悪ぃのぅ……」
「いいのよ。私の好きでやっていることですもの」
そう言うコンスタンツェは、聖母の微笑みのような、高貴な笑みを浮かべていた。
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