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第105話 神の奇跡(1)

 この世界のエウロパ地方で、最も恐れられた病気がペストであるが、これにはし尿処理の方法など不衛生な環境も一役買っていた。


 ハンセン病は感染力が弱いものの、その外見の変容から恐れられ、患者が不当な差別を受けていた。


 十字軍が持ち込んだ天然痘(てんねんとう)も流行した。


 また、インフルエンザも栄養状態の悪い時代なので多くの人命を奪った。


 この世界の医療は内科と外科に分かれるが、内科が高貴で直接患者に施術(せじゅつ)する外科は下賎のものとされた。


 内科医は占星術により病気の原因や治療日時を占うといったありさまであった。


 外科医は傷口をワインで洗ったり、卵白で(おおう)といった技術くらいは持っていた。


 薬種商は内科医から指定された薬物を処方したが、呪術的なまがいものを売りつけることも多かった。


 瀉血(しゃけつ)という人体の血液を外部に排出させる行為も行われており、体内にたまった不要物や有害物を血液とともに外部に排出させることで、健康を回復できると信じられていた。これに医学的根拠がないことはいうまでもない。


 瀉血(しゃけつ)は刃物を扱う床屋が主に行っていた

 エルレンマイヤーは、話題を転じた。


「さあ。ラファエル君。きりがないから、話はここまでにして、奉仕活動をするぞ」

「はい。わかりました」


「ルードヴィヒ君。君はどうする?」

「そうだのぅ。おらもせっかく来たがぁだすけ、怪我人・病人の治療でも手伝おうかのぅ」


「おお。それはありがたい。今日は人数が多くて、どうするか悩んでいたんだ。ぜひ、頼むよ」

「わかったっちゃ」


 そして、怪我人・病人がいるところに向かう。

 ラファエルも一緒に手伝うようだ。

 そうするとドロテーもオマケでついてくる。


 治療場所に着くと、ドロテーは目を(おお)った。


 かなりの重傷者もいるし、奥に隔離された場所には、容姿が(みにく)く変容している者もいる。

 そして、エルレンマイヤーが言っていたとおり、その数は相当数いる。


 だが、ルードヴィヒが見たところ、最も警戒すべきペスト患者はいないようだ。

 季節柄、インフルエンザの患者もいないようだ。


 しかし、如何(いかん)せん、数が多い。


 ルードヴィヒは、これらの様子をみると、(ひと)()ちた。


「こらぁ、おごったのぅ……」


 エルレンマイヤーは、重苦しい口調で言った。


「さすがの君でも無理かね?」


(まあ……ちっとばかし、目立つども、しゃあねぇか……)


「んにゃ。そうでもねぇよ」

「本当に……?」


 ルードヴィヒは、それを聞き流しながら、怪我人・病人がいる場所の中心あたりにスタスタと歩いていくと、範囲治癒(エリア ヒール)の魔法を無詠唱で発動した。


 ルードヴィヒがいる場所を中心とした円上に神々(こうごう)しい光が満ち、金色の粒子が舞飛んでいる。

 怪我人・病人のみならず、奉仕活動の場にいた誰もが、その神秘的な光景に魅入られた。


 皆が唖然(あぜん)として、辺りが静寂に包まれている中、これを破って怪我人・病人たちから歓声が上がった。


「治った! 治ったぞ!」

「俺もだ。治ってる!」


 これには、エルレンマイヤーもぐうの音もでなかった。


(何という威力……それにこの魔力量は……”破格”という言葉ではとても足りない……)


「ルードヴィヒ君。君という男は……」


 その言葉を(さえぎ)るように、エルレンマイヤーの目の前に、ドサリと音を立てて、大量の薬の包が現れた。


(こ、これは?)


「先生。怪我人はとりあえず治したども、病人は一時的に治ってるだけんがぁだすけ、こん薬を最低1週間投薬してくれねぇかのぅ」


「これは……まさかサルファ剤なのか?」

「そんな高額な薬をこんなに大量に? 本当にいいのか?」


「乗り掛かった舟だすけ、最後まで治してやらんば、気持ち(わり)ぃすけ」

「それはありがたい。これは教会への寄付として、しっかりと記録させていただく」


 しかし、奥に隔離された場所にいる容姿が(みにく)く変容している者たちは、少々落胆していた。

 あの光を浴びたことで、体の病状は改善したものの、醜く変容した容姿は治らなかった。


 これは慢性化してしまっているので、光魔法で治癒力を高めたところで、限界があったのだ。


 ルードヴィヒは、その雰囲気を察して、隔離された場所に向かう。


 エルレンマイヤーが(あわ)てて止めた。


「ルードヴィヒ君。そこは……」

「わかってるてぇ。ハンセン病んしょがいるがぁろぅ」


「それならば、余計に……」

「あちこたねぇがぁてぇ。ハンセン病は感染力が弱ぇがぁだすけ」


(”かんせん”?)


 病気は病原菌が起こすという知識はエルレンマイヤーでさえも知らないものだ。当然に”感染力”などの言葉を知るべくもなかった。


 ルードヴィヒは、構わず隔離された場所へと入っていく。


(まあ……さっさとやれば……バレねぇろぅ……)


 ハンセン病の者たちが、不安な面持ちで見つめる中、ルードヴィヒは、言った。


(みんな)、ちっとばかし、目をつぶっといてくれや」


 神にもすがる思いの彼ら彼女らは、素直に目をつぶる。


 ルードヴィヒは、幻影(イリュージョン)の魔法を無詠唱で発動し、隔離した場所で何が起こるか見えないように偽装すると、闇系の再生(リジェネレーション)の魔法を発動し、ハンセン病の者たちを次々と治していく。


 闇系の再生(リジェネレーション)の魔法は、治癒力を高める治癒(ヒール)の魔法と発動原理が全く違う、魔力の力で強引に患部の傷などをなかったことにするのだ。このため、パッと見は、ビデオが逆再生されるように見える。それだけに魔力消費量も大きいのが難点だったが、ルードヴィヒの魔力量ならばそれも可能だった。

お読みいただきありがとうございます。


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