第102話 ペッツの来訪(2)
「あんた、まさかあたしが元娼婦だからって、タダでやろうとしてるんじゃないだろうね。あたしはやりマンじゃないからね。もしそういう魂胆なら、一昨日きやがれってんだ」
「そんなんじゃねえよ。おれはただおめえに一目会いたいと……」
「あんたみたいな強面の脳筋男が、思春期の少年みたいなことを言っても信じられるわけがないだろう」
「そんな……カタリーナ……俺は本当に……」
「とにかく、エロいことが目的なら、もう来ないでおくれ」
「そ、そんな……」
しかし、ローレンツは、それにめげずに暇を見てはローゼンクランツ新宅に通い続けているし、カタリーナを見つけては、声をかけ、その度に撃退されているのであった。
しかし、ルードヴィヒの言葉を聞いて、カタリーナの態度が変化しようとしていた。
◆
ペッツは、ローゼンクランツ新宅のルードヴィヒの部屋を訪れていた。
ルードヴィヒは、まずは通り一遍の社交辞令的なことを言った。
「ペッツ兄さん。本宅の方にはずっとご無沙汰してしまって、申し訳ございません」
「いや。親父もあんな感じで冷たいし、来たくない気持ちはよくわかるよ。それより、君は方言をしゃべるんだろう、いとこ同士でかしこまる必要もないから、いつもどおりしゃべって構わないよ」
「そうですか、ではお言葉に甘えさせていただきます」
「ところで、学園の方はどうなんだい。うまく過ごせているのかな?」
「まあ、そこそこ楽しくやらせてもっらってるっちゃ」
ペッツは、ルードヴィヒの方言を初めて聞いたので、その違和感が何とも可笑しかった。
「ぷっ……君のその容姿で、ど田舎の方言をしゃべると、違和感が半端ないな」
「なんでぇ。笑わんでくれや。シオンの町じゃぁ、これが普通なんだすけ」
「いやあ。でも、変に標準語でかしこまられるよりは、ずっといいよ」
「慣れれば、どうっちぅこたぁないっちゃ」
「ところで、噂では学園で、いい人ができたみたいじゃないか」
「いきなし、その話題けぇ。まあ……それらしき人がいるっちゃあいるども」
「結婚する気なのか?」
「いやあ、まだそこまでは……不確定っちぅことで」
「ところで、君の隣の席はどんな人が座っているんだい?」
「実は、大公女のコンスタンツェ様なんだども」
「ほう……それは凄い。ところで、君は”半径5メートルの法則”って知っているかい」
「なんでぇ、そらぁ?」
「”人は生活環境の半径5メートル以内ですべての人間関係を構築している”という発想なんだけれども」
「そらぁ大袈裟っちぅもんでねぇけぇ」
「それがバカにならないのさ。男女の関係で言うと、学園や職場で半径5メートル以内にいる同僚なんかと結婚する可能性は、ずいぶんと高いらしいぜ」
「すっけぇなもんかいのう……」
「例えば、大公女様とはどうなんだよ」
「いやぁ。いろいろと世話を焼いてもらって、こっちが恐縮しとるとこだんが」
「それは、脈ありってことなんじゃないか。嫌いな男の世話なんか焼くはずはないだろう。それに大公女様は低い身分の者でも分け隔てなく接する素晴らしい方らしいぜ。その辺のツンとすました上位貴族の令嬢とは月とスッポンさ」
「そらぁ一理あるかもしれんのぅ」
「少しはお礼とかしてるのか。まさかお世話になりっぱなしなんてことはないだろうな」
「実は、そらぁ考えねぇでもねぇども、どんつれぇお礼をしてよいやらさっぱりでのぅ。プレゼントをするにしても、大公女様なら何でも持っとるだろうし……」
「いっそのこと、本人に聞いてみてはどうなんだ?」
「ええっ! 本人にけぇ。確かに、お礼が空振りになるよりはええかもしれんが……」
「別に大公女様は怖い人じゃないだろう」
「まあのぅ」
「それもあるが、大公女様は、弱者救済にも尽力されているし、難聴の弟のカール大公子の面倒もあれこれ見ているみたいじゃないか。こんな聖母様のような方はそうそういないぜ」
「そこんとかぁ偉ぇと思うども」
(やけに大公女様んことを持ちあげとるが……なんかあるんかぃのぅ……)
「君も、見習って、教会の奉仕活動くらい顔を見せてもいいんじゃないか?」
「んーーん?それも一理あるっちゃああるが……そういゃあエルレンマイヤー先生にも久しぶりに会えるかもしらんしのぅ」
「なら、そうするといいよ」
「まあ、考えとくっちゃ」
「ところで、内務省の仕事はなじらね?」
「ああ。やっとこの間、見習いを卒業して、正式に事務官に任官されたんだ」
「そらぁ良かったもぅさ。仕事の方はたいへんけぇ?」
「まだ、新米だから、簡単な公文書の立案くらいしかやらせてもらっていないけど、見習いのころよりは、ずっとやりがいがあるよ」
「確かに、仕事にやりがいを見つけるっちうことは大事だすけのぅ。いやいや義務的にやるんとは雲泥の差があるかんに」
「よくわかってるじゃないか」
「軍隊で一番大事なんも、兵の士気だすけのぅ」
「確かに、軍隊の場合は切実だろうね」
その後も、話は続き、話題は政治の話などにも及んだが、思いのほかペッツは、高度な知識を持っていることが分かり、ルードヴィヒはペッツのことを見直した。
そして、再びの来訪を約束して、その日はペッツは帰っていった。
帰宅の途中、ペッツは思った。
(思ったより根が素直な奴だったな。いちおう薬は効いたと思うが、結果はどうなるかな……)
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