第10話 ツェルター伯家訪問(2)
そして形式的なやりとりが一通り終わり、ルードヴィヒが退出したあと、マルクは思わず感想を漏らした。
「聞きしに勝る優男であったな。それにあの貫禄に身のこなしはなんだ。本当に15歳の少年なのか?」
そこで、カーテンの裏に隠れていた護衛騎士のリーダーが出てきて言った。
「奴は我らの存在にも気づいておりました。少しばかりの殺気を飛ばして牽制されたときは、冷や汗をかきましたぞ」
「なんと! 左様か。さすがは剣聖の孫といったところか……どの程度の腕か見てみたいところだな」
この伯爵の言葉を受けて、翌日にもルードヴィッヒは伯爵邸に招かれた。
伯爵邸を訪ねると、早々に門番に屋外の武闘場へ案内された。それほど待たずに、マルクとリーゼロッテが姿を見せる。
ルードヴィヒは早速挨拶しようとしたが、マルクに止められた。
「挨拶などよい。今日は其方の腕前を見せてもらいたい。ローゼンクランツの名に恥じないよう頼むぞ」
「はっ。承知いたしました」
(ほんだども、本当の実力は悟られねぇようにしねぇばな……)
そこは、グンターの薫陶が染みついているルードヴィヒである。
「では、誰か相手を希望する者はいるか?」
「俺がやりますよ」
名乗りを上げたのは、伯爵の護衛騎士の中でもリーダーに次ぐ実力を持つ男だった。年齢は20代後半くらいの油の乗り切った年頃で、さすがに鍛え抜かれた体つきをしている。身長もルードヴィヒよりも10センチ以上高かった。
彼が鑑定スキルを発動したところ、ルードヴィヒはレベル40の魔法剣士だ。この歳ではたいしたものであるが、彼自身はレベル43の剣士でリリエンタール1刀竜の名手である。
レベル差が1でも戦闘では大きく物を言う場合がある、これが3レベルとなると実力はかなり上だ。
「よかろう。だが、怪我はさせるなよ」
「もちろん手加減はしますよ」
どうやらルードヴィヒの実力を下に見ているようだ。剣聖の孫とはいえ相手は15歳の少年である。それも無理はなかった。
そして武闘場の中央で二人は対峙した。
装備からして、相手は1刀流剣術の使い手のようだ。
ルードヴィヒは背負っている双剣を一瞬のうちにストレージに収納すると、バスタードソード(片手両手両用の剣)を取り出した。
ルードヴィヒは、双剣を常用しているわけではなく、相手の武器に応じて、ストレージから瞬間的に武器を持ち替えることを得意としていた。シオンの町の各流派の武術を極めていた彼ならではの戦術である。
だが、そのような目にも止まらぬ早替えの技を初めて目にした一同は目をむいて驚いている。
(おんや? こらぁ普通でなかったんけぇ?)
相手の男は気を取り直して言った。
「別に私に合わせる必要はないのだぞ」
「いや。腕前が知りたいなら武器を合わせた方がわかりやすいでしょう」
「君がそれでいいなら、俺は構わないが……」
「それでは、このまま行かせてもらいます」
そして、両者は剣を構えた。
ルードヴィヒは、リリエンタール一刀流剣術の達人でもあるが、構え方からして、相手もリリエンタール一刀流剣術の使い手であるようだ。
審判の合図とともに、試合が始まった。
相手の男はいきなり上段から切りかかってくるが、ルードヴィヒは、それに剣を合わせると滑らせて横に受け流した。真正面で受け止めることなどはしない。
男は見事に受け流されたことが癪に障ったのか、次々と撃ちこんでくるが、これもことごとく受け流される。ルードヴィヒの方は自然体そのものであり、体は全くぶれていない。
方や、男の方は攻撃が受け流される度に体制を崩し、焦りが増していくのだった。
(こんちくしょう! 全く攻撃が通らねえ)
打ち合ってから10合目。
攻撃を受け流された男は、体制を大きく崩し、片膝をついてしまった。
ルードヴィヒは、それを見逃さず、男の首筋に剣を静かに突き付けた。
「まいった。俺の負けだ……」
(なんとか実力は隠せたようだのぅ)
ルードヴィヒは、内心ホッとした。
その時、武闘場は静寂に包まれていた。試合を観戦していた者たちは、素直に拍手を送っていいものか迷っていたのだ。
実際、ルードヴィヒ自らは最後の最後に寸止めで首筋に剣を突き付けただけであり、相手の男が空回りして自滅したという構図である。
自滅に追い込んだことからして、ルードヴィヒが実力者であることは疑いようがないが、まともな攻撃を放っていないのだから、実際の実力は全く見当がつかない。
「これは……まいりましたな……」
護衛騎士のリーダーは、困惑の表情を浮かべながら、マルクに向かって声をかけた。
一方、リーゼロッテは狐につままれた思いだった。
剣術の上級者ではない彼女の目には、むしろルードヴィヒが一方的に攻撃され、防戦一方のように見えていた。
が、突然に勝負は決まった。
(なんて不思議な人……私の理解を遥かに超えているわ……)
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