第100話 隠然たる庇護者(1)
大公家は、裁判とは別に、匿名の告発状を出した者の正体を必死になって探していた。大恩ある人物を放置するのは大公家の沽券にかかわると考えたのである。
それに、確証はないものの、差出人は、単に犯罪を告発したのみならず、これを阻止して未遂に終わらせたと考えるのが自然だと考えられる。
しかし、告発状に使われていた紙やインクはありふれたもので、手掛かりがない。
その筆跡は、ペン習字のお手本のように美しいが、それだけに特徴がなく、印刷したかのように整然と書き込まれていたため、肉筆なのか印刷なのかという議論が起きるほどだった。
結局、差出人の正体探しは行き詰まり、大公自らが打ち止め宣言を出した。
コンスタンツェは、父の大公フリードリヒⅡ世に聞いてみた。
観察眼の鋭いコンスタンツェには、少々心当たりがあったのだ。
「お父様。我が家に来たという告発状を見せてもらえませんか?」
「別に構わないが、おまえが見たからといって、どうにもなるまい」
「いちおう後学のために見ておきたいだけですわ」
「それなら、まあよい。これが告発状だ」
コンスタンツェは、一目見て笑いが込み上げそうになって、必死に耐えた。
(ペン習字のような美しい字に特徴がないですって? そんな字が書ける人なんて世界に二人といないわよ……)
その美しい字といい、整然と並んだ印刷のような配字といい、コンスタンツェにとっては、見慣れたものだった。
これは、隣の席に座っているルードヴィヒのものだ。
コンスタンツェは違和感を覚えていた。
事件のあったあの日、ルードヴィヒがなぜ毒見をするなどと言い出したのか。あれは、単なるジョークなどではない。
おそらくは、何らかの方法で毒殺を阻止したうえで、最終確認のために、自らの体を張って、毒見をしたのだ。
彼の能力ならば、可能なことであるだろう。
しかし、あくまでも匿名の告発状である以上、彼は名前を出したくないのだろう。
コンスタンツェは、告発状の差出人のことは、自分の胸にしまっておくことにした。
そして、自分の命を救ってくれたルードヴィヒに深い感謝の念を覚えた。
リーゼロッテが命を救われたルードヴィヒに恋したように、これはコンスタンツェが真の意味での恋に落ちた瞬間なのかもしれなかった。
◆
そんな裁判騒ぎも落ち着きをみせたある日……
トン、トン
ローゼンクランツ新宅のドアノッカーが鳴らされた。
いつものようにカミラが応対に出る。
扉を開けたカミラは、目を見張った。
そこに立っていた女性は、あり得ないような巨乳の持ち主だったのだ。よく見ると肌の色は浅黒く、耳は尖っている。
そして、腕には赤ん坊を抱えていた。
「あのう……ダークエルフさんですか?」
「ああ。そうだけど」
「ダークエルフさんが、どんな用件でしょうか?」
「この家にルードヴィヒという人がいると思うんだけど」
「確かにおりますが。どんなご関係で?」
「えっと……種付けをされた……というか……」
「はいっ?」
「こちらの世界でいうと”愛人”……みたいな……」
「あのう……意味がよく分からないんですが……」
「なら、簡単に言うと、この赤ん坊はルードヴィヒさんの子供ってことさ」
カミラはあまりの衝撃に声も出なかったが、数舜後、驚嘆の声をあげた。
「えーーーーーーーーーーーっ!!」
その声を聞いて、屋敷中の者が集まってきた。
ルードヴィヒも、部屋から出てきた。
「おらっ! ダニエラでねぇけぇ」
「ああ。やっと会えた」
ダニエラはルードヴィヒの方に駆け寄ってくる。
そして、腕に抱えた赤ん坊に話しかけた。
「さあ。お父ちゃんだよ。抱っこしてもらいな」
「ああん? まさか……」
(確かに……思い当たるこたぁあるども……)
ルードヴィヒは、戸惑った。
頭が混乱し、何をどうしたらいいのかわからない。
「種付けしておいて、しらばっくれるんじゃないよ。あの時の子さ」
「そんな……一発でけぇ……」
「何発だろうと、できるときはできるんだよ」
「そらぁ……まあ……そうだども……」
「ほれっ。抱っこしておくれよ」
「お、おぅ……」
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