第99話 裁判(2)
そして裁判が始まった。
ペーターが裁判に出頭するときには、傍聴席には、必ず妻ソフィアの姿があった。
ペーターは、怖くてソフィアと目を合わせることができない。
(ソフィアは、結果としてあんな酷い目に遭わせた俺が死刑になるのを見届けにきているのだろう……確かに恨んでも恨み切れないよな……)
ペーターは、そう思った。
そして、ついにペーターに判決を言い渡す日が来た。
傍聴席には、いつものようにソフィアの姿があった。
「判決を言い渡します。
主文。被告人ペーター・フォーベックを犯罪奴隷とし、鉱山での労役を課する。
ただし、その執行を5年間猶予する。猶予期間中は、その身柄をルードヴィヒ・フォン・ローゼンクランツ卿の監督下に置くものとする。
以上です」
裁判官は、淡々と判決文を読み上げると、さっさと退席した。
と同時に、傍聴席から、どよめきの声があがった。
大公女暗殺未遂事件という滅多にない大事件だけに、新聞は、連日、裁判の経過を大きく取り上げていた。ペーターの罪状については、さまざまな議論が乱れ飛んでいたが、どちらかというと同情論の方が支配的だった。
ペーターは、判決を聞くなり、滂沱の涙を流して嗚咽した。
彼は、死刑も覚悟していただけに、緊張の糸がプッツリと切れてしまったのだ。
そこに、傍聴席から、妻のソフィアが駆け寄ってきた。
彼女は、ペーターに抱きつくと、嗚咽しているペーターにおかまいなしにキスをした。
「あなた。よかったわね。これも全部ローゼンクランツ卿のおかげよ」
ペーターは、意味がわからないと言った感じで、茫然としていたが、ハッと我に返り、ソフィアに言った。
「俺を、許してくれると言うのか?」
「許すも何も、あなたみたいなクソが付く真面目人間は、放っておくとまた悪い奴に騙されるから……私は、それが我慢できないのよ。これからは、何でも私に包み隠さず言ってね」
ペーターは、ソフィアを強く抱きしめると叫んだ。
「ソフィアァァッ! 愛している。死んでもお前を離さない」
「あなた。やめてよ。恥ずかしわ……」というソフィアの頬は初恋をしたばかりの少女のように赤く染まっていた。
傍聴席にいた者たちも、この姿を見て、皆がもらい泣きしていた。
かくいう、ルードヴィヒも目頭が熱くなった。
実は、この裁判には裏があった。
まずは、ルードヴィヒが、もてる論理学・法学的知識を総動員し、論を尽くした減刑嘆願書を提出していた。これには、もちろん自分がペーターの監督者に名乗りを上げることが書いてあった。
これを読んだ裁判官は、理路整然とした議論に感嘆し、ため息をついた。そして、これを越える判決文を書かねばと覚悟を決めたという。
加えてもう一通、ソフィアの意を受けて、ルディが代筆した減刑嘆願書が提出された。ソフィアがルディに語った望みは、”なんとしてもペーターと夫婦としてやり直したい”ということだったのである。
嘆願書には、自分が被害に遭ったことも恨みに思っていないし、自分が保証人にでも何でもなるから、とにかくペーターと夫婦としてやり直したいということが書かれていた。
裁判官は、これを読んで涙を禁じ得なかったという。
一段落して、ペーターは心から思った。
(こんな愚かな俺の罪を許してくれるなんて、ソフィアは聖女のような女性だ……)
ソフィアという名前は帝国ではありふれた名前ではあるが、これは殉教の末に列聖された、さる著名な聖女の名前である。
これは、偶然の一致なのであろうか。
ちなみに、他の容疑者については、主犯格のドロテーアとケヴィンは死刑、帝国大道団の会長以下、関わりのあった構成員については犯罪奴隷落ちとなった。
バラック侯爵の関与は認められず、ドロテーアの独断で行われたものと認定されたが、息女が重罪に関与したということで、バラック侯爵家は大公国の辺境の地を領地とする男爵に格下げ・転封となった。だが、平民に落とされなかっただけ、目っけ物といえよう。
ペーターは、ルードヴィヒの監督下に置くことになったので、ローゼンクランツ新宅のシェフをやらせることにした。
夫婦と子供で住み込みである。ソフィアも使用人として働くことになった。
これは、判決の流れからいって、当然のなりゆきのように見えるが、一人、ルディだけは感嘆していた。
(我が主様は、最初からここまで見通したうえで、初めてペーターに会ったときに、シェフの就任を切り出したのだろうか?)
ルディには、偶然の一致とは思えなかった。
ローゼンクランツ新宅には、乳児を育てる使用人が住み込みになったということで、急遽、子育てのための搾乳室や休憩室などが作られることになった。
ソフィアの子はアグネスという女児でまだ1歳にもなっていないが、これもまた聖女からとった名前である。
彼女もまた、聖女のような女に育つのであろうか?
アグネスは、メイドたちの人気者となっていた。
そもそも、女というものは、子供に目がないが、これは本能に刻み込まれたメカニズムというもので、これは責めようがない。
ついには、本来生殖行為を行わない精霊たちまで関心を持った。
ダルクは、独り言ちたが、その目は怪しい光を灯していた。
「人間の分身体……可愛い……」
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