第99話 裁判(1)
ルディは、ペーターの妻ソフィアのもとへと向かった。
知らない者が訪ねて来たということで、ソフィアは警戒したがローゼンクランツ卿の使者だと告げた途端、態度が軟化した。
どうやら、帝国大道団の息のかかった者ではないかと疑ったらしい。
夫のペーターのことについて話がしたいと言うと、寂しげな顔をしたが、拒否はしなかった。
ルディは、感情を交えずに、ペーターから聞いた経緯を淡々と話した。ソフィアは、それを神妙な面持ちで聞いている。
ルディは、更に言葉を添えた。
「あなたの旦那様は、いまごろ官憲に逮捕され、拘禁されていると思います」
「そうですか…ペーターは、この後どうなるのでしょうか?」
「裁判を受けてみないとわかりませんが、大公女暗殺未遂の実行犯ですから、単純に考えると死罪、軽くても犯罪奴隷に落とされて鉱山送りといったところでしょうか。後は、情状酌量の余地はあるでしょうから、裁判官がそれをどこまで斟酌するかにより決まると思います」
「そうなのですね…」
ソフィアは、何か思いつめたような表情をしている。
あんなに悲惨な目にあったというのに、ペーターを心から恨んでいるという訳ではなさそうだ。
「それから、我が主に、あなたの意向を聞いてくるように言われたのですが、いかがでしょうか?」
しばらく考えた後、ソフィアは、口を開いた。
「私は…………」
ルードヴィヒは、官憲の告発状をしたためると証拠となる動画・音声を記録したアーティファクトと薬種商から物体引き寄せの魔法で取り寄せた秘密帳簿を添え、物体転送の魔法で官憲トップのデスクの上に送り込んだ。
これで、途中で握りつぶされるようなことはないはずだ。
同様に、大公家あてに、その旨をしたためた書状を、大公本人のデスクの上に物体転送の魔法で送り込む。
官憲を管轄する内務担当宮中伯の息女が容疑者に含まれるため、念には念を入れたのだ。
夜が明けると、官憲と大公家は、上を下への大騒ぎとなった。
大公はさすがにしっかりしていて、この事件については、大公家が直接官憲を指揮するということを決定した。
一方、実行犯のペーターはというと、覚悟を決めて官憲に出頭し、自首していた。
官憲の捜査の手は、現場となった大公女宮のほか、直ちにバラック侯爵邸、帝国大道団の事務所、ペーターの自宅に及び、少しでも疑いのありそうな書類の類はことごとく押収された。
ペーターは自首してからすぐに拘禁され、主犯格の容疑者である、ドロテーア令嬢、帝国大道団ケヴィンやそれに支持を出したと思われる幹部もあっという間に逮捕・拘禁された。
ペーターは、もはや覚悟を決めており、事件に至ったいきさつを個人的な事情も含め、包み隠さずに自供した。
取り調べに当たった捜査官も、この境遇に深く同情し、目頭が熱くなったほどである。
ケヴィンは、頑として黙秘を貫いていた。
この世界の取り調べというのは、拷問も含む極めて厳しいものであるにも拘らずである。
それを耳にしたルードヴィヒは、一肌脱ぐことにした。
ルディを伴って牢獄を訪ねて来たルードヴィヒに、捜査官は理解できないといった面持ちで尋ねた。
「ローゼンクランツ卿。捜査に協力すると言われましても、いったいどうやって?」
「そらぁ、ちっとばかしコツがあるっちゃ。そんだども、秘密だすけ、捜査官ん衆は出てってくれねぇかのぅ」
「わかりました。それではよろしくお願いいたします」
貴族が相手であるから、捜査官の言いぶりは丁寧だったが、実のところ、全く期待はしていなかった。
しかし、30分ほどすると……
「もう、ええよ。何でもしゃべるってさ」
「はあっ?」
ルードヴィヒから声がかかったので、牢獄に戻ると、ケヴィンは身を縮こまらせて震えていた。
顔は涙と涎まみれであり、床には失禁したと思われる跡まである。しかし、身体的には、拷問を加えたような痕跡は見られなかった。
「いったい何をしたのですか?」
「そりだすけ、そらぁ秘密だんなんが……」
そう言うと、ルードヴィヒは、悠々と去っていった。
お察しのとおり、ルードヴィヒは、ナイトメアを使って悪夢を見せたのである。
先日の薔薇十字団の老人は2回だったが、ケヴィンは3回まで耐えた。その意味では、その精神力はたいしたものだが、あれは普通の人間に耐えきれるものではない。
ドロテーアも捜査には非協力的だったが、ケヴィンに起こったことを捜査官から聞かされると、態度を翻して、素直に自供し始めた。
◆
告発状を物体転送で送り込んだとき、ルードヴィヒは、何か引っかかりのような違和感を覚えた。
(う~ん……体調が悪ぃっちぅ訳でもねぇみてぇだとも…………………………あっ! こらぁおごったぁ!)
ルードヴィヒは、自室の床に、五芒星を急いで描くと、これを円で囲み、彼女を召喚する。
だが……
彼女は召喚陣からなかなか出てこない。臍を曲げているようだ。
「いやぁ忘れとったわけじゃねぇがぁよ。おらぁ大好物は最後までとっとく主義だすけのぅ」
「……………………」
「とにかく、悪ぃかったのぅ。この穴埋めは、おめぇの好きなようにするすけ、頼むから出て来てくれねえかのぅ」
すると、彼女は、召喚陣から頭を半分だけ出して言った。
「主様。本当に?」
「おぅ。もちろんだとも」
彼女は、時空精霊・クロノアのテンプスである。
”時空”という概念は、20世紀初頭にアインシュタインが相対性理論で初めて提唱し、それが実証されるのにもしばらく時間がかかったしろものである。この時代の人間に理解できるはずもなく、彼女のことを明確に認識しているのはマリア・テレーゼ母子とその関係者くらいのものだ。
その意味では、かなり寂しい存在であり、その反動で、精霊の中でも"かまってちゃん"の性格が一番強いのが彼女であった。にもかかわらず、今の今まで彼女は、夢幻界に一人放置状態であった。
これはルードヴィヒの大失態である。
それなのに、ストレージ、転移魔法、物体引き寄せ、物体転送、念動力などの普段使いしている魔法は、時空魔法である。
一番お世話になっているのに、無視され続けて、テンプスはついに臍を曲げてしまい、物体転送の魔法が使い難くなってしまったというのが真相だった。
テンプスは、一瞬、納得しそうになったものの、突然に思い直し、とんでもない剣幕で、苦情を捲し立てる。
「でも、やっぱり信じられないわ。皆が楽しそうにしているのに、私だけずっと放置だなんて……どうせ私なんて、主要属性じゃないし、皆が私のことを知らないし、他の精霊みたいに美しくないし、頼りたいときに主様はいないし、本当はずっとずっと一緒にいたいのにぃ! 主様のバカぁ! 変態ドS! 冷血漢! 薄情者! こんな冷酷無残で、極悪非道なことがあっていいはずはないわ。私は世界一不幸せで薄幸で不憫な女よ。どうせ、こんな面倒くさいこという女なんて嫌いっていうんでしょう。わかってるわよ。見捨てるなら見捨てなさいよ。私みたいなゴミ女なんか……」
(しゃあねぇのぅ……そんだばエーシェんときみてぇに緊急手段でぇ)
ルードヴィヒは、強引にテンプスをハグすると、自分の魔力を流し込む。
「イヤァ……やめてよ……こんなことで……ごまかそうなんて…………ハァン……イヤッ……ァッ……ンッ……モぅ……ダメッ……」
そのうちに、テンプスの膝はガクガクと笑い始め、そのままうずくまってしまった。
「主様のバカぁ! こんなの強姦といっしょよ! 私は騙されませんからね」
「そんだば、もう魔力はいらんっちぅことかぃのぅ……」
「そ、それは…………イヤっ…………主様の…………熱くたぎったものが…………欲しいの…………私、それなしじゃあ生きていけない…………」
「そんだば、もう一遍……」と言うとルードヴィヒは、テンプスをハグし、自分の魔力を流し込む。
「………………はぅーっ……主様の魔力……気持ちいい……もっと……はぅ……わ……分かんない……けど……はぁっ……主様の魔力……あっ……とても……気持ち……あっ……良い……わ……あっ……主様……あっあっ……ああっ……凄い……んっ……あっあっあっ……凄い……あんっ……凄く……気持ちいいですっ……あんっ……もっと……あっ……もっと奥まで……あんっあああっ……またっ……また……あんっ! また……んっ……んっ……あっ……ああ! あっ……あっ……また……あっ! …………」
こうして、さんざん魔力供給した挙句、ようやくテンプスは満足した。
そして、他の精霊と同様にメイドの仲間入りをしたのだった。
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